なんと、半年もブログを放置してしまいました![]()
この間に、紆余曲折を経て無事出産し、現在3ヵ月児の母親業にいそしんでいます。
ブログを始めた2012年12月の私に知らせにいきたいです。
しかし、それができないから人生なんですよね。
出産や育児については、新たにブログを開設しようと思いますので、不妊治療中の記録は今回が最後です。
長かった不妊治療の最後の頃、自分の心の中にあった3つのことを綴って締めくくりたいと思います。
①「自分で決める」ということ
この社会には、情報が溢れています。
50代で妊娠する人もいれば、20代でも授からない人もいます。
自分の意志で子を持たない人もいます。
そして、周囲の人々は善意で事例(結婚10年目で子供ができたよ、不妊治療止めたらすぐできたよ!、知り合いが45歳で初産だよ、〇〇の病院がいいらしいよ! ect)をたくさん教えてくれます。
そのエピソードが助けになったこともありました。
でも、結局は「その人はその人、私は私」でした。
だから、情報に振り回されないで、自分で区切りを決めておくことが大事だと強く感じていました。
38歳時点の私が心で決めていたことは。
1.40歳まではとにかく不妊治療を続ける
2.40歳の時に、心と懐が元気だったら42歳まで続ける
3.生活が困窮するくらいお金がなくなったら、40歳より前でもやめる
4.もし「やめる」と決めた時には人生を見直す
ということでした。
4は、夫婦の在り方も含めた広い範囲での話です。
長いこの先の人生を検討するにあたって、私は「なぜ子供が欲しいと願うのか」も改めて考えました。その理由によってとるべき方法が変わるからです。
・自分の遺伝子を残したいのか
・旦那さんの遺伝子を残したいのか
・子供が好きだからなのか
・旦那さんと子育てがしたいのか
・女性としての本能からくる気持ちなのか
・子育てを経験したい気持ちが強いのか etc
そして私なりの結論は、もちろん自分の子供であることがベストだけれど、それが叶わなくても「特定の愛着の対象となる子供に対し、子育てを経験したい」ということでした。でも、養子縁組までは自信がありませんでした。だから、一定期間面倒を見る「里親」ならばトライできるかもしれないと、治療の最後の頃は「里親」の情報も集めていました。
結果的に38歳11ヵ月で妊娠判定をいただいたので、旦那さんと話さずに終わってしまいましたが。
ここで私が伝えたいことは、養子や卵子提供 etc手段の話ではなく、とにかく「治療の終わり方も、その後の人生についても周りに振り回されないで自分で決めておく」のが大切ではないかということです。
②自分で守る
「決める」だけではなく「守る」こともまた大切だと思っていました。
どうしたって、周囲は妊娠・出産・子育ての話が多くなるので、時には傷ついても笑顔でいなければならないことが出てきます。
でも、そういうのも途中からやめました。会いたくない人は避けました。
例えば、ある友人の内祝にカードが入っていて「子育ては大変よ」
と可愛らしく書いてありました。
何回目だかの移植に失敗した直後だった私は、驚いたことにカードを見ながら涙が止まらなくなってしまいました。
彼女に悪意がないことも、彼女は彼女で大変だったこともわかるけれど、「今は会えない」と思い、何度誘われても断りました。
また、私がボランティアにいそしんでいる話をした時に、3人目を妊娠していた友人から
「あんた、(子供が欲しいのに)エネルギーの使い方間違ってるよね。」と言われました。
真剣に治療をしていることを伝えたことのない友人でした。
もう二度と会うまいと決めて、縁を切ってしまいました。
でも、それでよいと思うんです。自分の心は自分で守らなければ。
治療中に
「なんで私こんなに心が狭いんだろう」
と思うことがある方。
それでいいんです。みんなそうです。
③自分を肯定する
これは、治療に限ったことではなく、私の生き方のポリシーでもありますが、どんなに不妊治療が辛くても、無理して自分を肯定してください。
1度きりの人生、今この瞬間は、どんな瞬間であっても二度ともどってきません。
今でも私は、人生の1つ1つに意味があると信じています。
自分で自分の存在を肯定して、どんな状況でも、自分を守りながら楽しみを見出してください。
私の場合は、10回目の移植で妊娠判定をいただき、今、毎日赤ん坊を胸に抱く日々を過ごしています。
インターネット上では10回以上トライしているかたもたくさんたくさんいらっしゃいますが、友人からは「よく10回もやったよね、私ならあきらめている」という声も聞かれました。
良かったと思うことは、やっぱり自分で終わり方も決めてあったということです。
一人でも多くの治療中の方が、願いを叶え、笑顔の多い人生を歩むこと心より祈っています。
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