変化させてみること | もうひとつの場所と自分

変化させてみること

いつもやっていること、いつも当たり前のように考えていること、そしていつも同じ悩みで止まってしまうこと。いつものようにいつもと同じく、いつも意識しないでモノゴト進めていることが結構あります。それは時には良い結果を導くかもしれませんが、たいていは段々とマンネリするし、かえって無駄なことに陥ることすらあります。


だけど、なかなかどうして、いつものことなので今日もまた同じようにコト進めている自分がいます。しかもそれが今となっては当たり前であっても、有効じゃないとか、生産性がないとか、薄々わかっていてもです。そんなじぶんをいやらしく感じるものの、それが「楽」ですし、考える必要ないことだから、また明日もそういう流れに乗っているんでしょう。今日もそんなじぶんを見つけてしまいました。


どんなことでも、これでバッチリ。完璧なものなんてない。ないどころか、段々と錆びていく。動きがぎこちなくなっている。動物はそうやって行動の楽なほうへとベクトルを向けてしまうけど、結局最後は錆てしまう。それをそのままにしてまた錆落とすことは難しい。金属のような物体と違って、行動という目に見えないコトにはKURE 5-56のような潤滑剤はないんです。


モノゴトは見方しだいで、見え方が変わってきます。木を見て森を見てないとか、過去は変えられないけど、未来は変えられるとか。変えることで新しい何かを見出せるという「変化を楽しむ」コトをもっと経験していかないといけないと思います。時には変化することで駄目な方向に向かうかもしれないし、それが失敗という文字に置き換えられるかもしれないけど、それもまた自分の知らない「変化」のひとつ。経験してみるのもいいんじゃないかと思えば何てことないのかもしれない。


変化させてみることを常にモノゴトそれぞれに意識して、それをすぐにやってみるという勇気。


ぼくはその勇気がほしい。


ほしいけどお金出してもそれは買えないですね。

買えないんじゃなくて変えれば得られるんですけど。


最近じぶん自身。輝く何かが足りないから、そう思うのかもしれない。