「あ゛゛゛゛゛゛~~~!疲れた!!!」
夜20時の地下鉄に乗るなり、大きな声がした。
腹に力が入った若い男の声だ。
よく通る、いい声でもある。
私はドア脇に立って、ガラスに映る男の姿を確認した。
黄色いTシャツ。カーキの綿パンツ。20代半ば。
まー、どこにでも居そうな若者だった。
当初、そこそこ人の居る車内では、皆、口元が緩み、
『分かるよ。私も疲れた』という無言の同意があった。
「そうよね」口に出して応えるおばさん達も居た。
ところが、若者は言葉を続けた。
「働くより、生活保護受けたほうがどんだけマシなんだよ?この国は終わってるね」
車内全体を聴衆として、彼のボヤキ?演説が続く。
車内の乗客は次第に、渋い顔になっていく。
「オレは早く死にたい。年取ったって意味ねぇじゃん」
これには若者の傍に立つ60代位のオジサンが、反応して睨みつける。
「え?あんた、なんか意味あるの?もう、36歳位で死にたい」
腹に力を入れて、大声を上げる。
私はガラスに映る男を見て、つい、笑ってしまった。
もちろん、声には出さない。
『36歳』って具体的目標と、それまでゆうに十数年はかかるであろう彼の見かけ年齢に。
今すぐじゃないんだ。
苦笑してしまった。
なんだ、そんなに切羽詰まっているわけじゃない。
◇◇◇
さっきまで私は前職で仲良くしていた友人Sと食事をしていた。
彼は様々な花形部署を経験して、営業として優秀であったはずだった。
さる国家プロジェクトでお互い、悪巧みを共有した仲だった。
それが、私が会社を辞める少し前から閑職に回され、勝手が違うとしきりにぼやいていた。
本社の彼の具体的な噂は研究所の私には届かなかったが、「うつ」であったらしいとは誰かに聞いた。
つい、先日、6年ぶりにSから私に連絡が来て、かの大企業を辞めたこと、食事しないか?とお誘いがあった。
「アーリーリタイヤってやつでさ。」
その後、スイスをバイクで回った話しや、家族で2ヶ月もハワイに居た話しや、彼の悠々自適な毎日の様子を食事をしながら聞いた。
病気の話は出なかった。
私も聞かなかった。
幸せな経験をiPadで画像を指でサラサラ送りながらたくさん話してくれた。
中国で好きな鉄道写真を撮り、そのときの画像を見せてくれた後、彼の手が止まった。
仲の良い友人と中国に行ったという。
画面には満面の笑みを浮かべた、彼とその友人の写真がいっぱいに拡がっていた。
「寒そうだね。でも、Sさんもお友達もいい顔してるじゃない」
私は、少し赤ら顔で嬉しそうにしているその写真を指した。
「うん。でもさ、こいつ、この旅行から帰って、飛び降りちゃったんだよ。」Sの声が少し震えていた。
どうしよう。まずいな・・。うんっと、こういうときはどうするんだったかな??
実は、私は今日、『うつ病患者への対応』という記事をWebでたくさん読んだ。
できる限り、Sに負担をかけないようにしなきゃいけないと思っていた。
「そっか、お友達は疲れちゃったんだね。残念だったね」
共感。
「こいつ、同期で入ったんだけど、悪い会社だね。中堅どころはドンドン苛められて、居られなくなるんだ」
「同期だったんだ。そうか」
「でも、オレ、もう辞めたし」
「そうだね、Sさんはもう、自由だから、いいんだよ」
傾聴。
こんなんで良かったか。
「こいつの奥さんが今、会社と戦っている」
「労災認定だね。組合を味方につけるといいよ」
Sが私の顔をまじまじと見上げた。
「アリはさ、いつからそんなに優しくなったんだ?こういう時は『弱いヤツが悪い』って言ってたじゃん」
「今でも『弱いヤツが悪い』って思うよ。でも、私は今、強くなったからね。いろんな人が居るって分かるよ」
「そうか。分かるか」
Sがほっとした顔をした。
今日、Sが私に求めたのは、この一瞬だったかもしれない。
その後、くだらない話をさんざんやって、Sは酒を飲み、私はウーロン茶でつきあい、店の前で握手をして別れた。
「また会おう。いつでも声かけてね」
私はSにそう言った。
◇◇◇
「あーくだらない。世の中なんて、全部くだらない」
くだんの若者は、ぼやくことしきりだ。
まるで思春期の青年の詩のようだ。
「もう、36で死ぬしかないな」
若者がそう言ったとき、私は再び笑ってしまった。
期間限定の喪失願望。
ガラスに映った若者がこちらを睨みつける。
私はわざと彼のほうを振り向いて、ニッコリ笑った。
「怖くないよ。明日は怖くないよ」心の中でそう言ってあげた。
若者は、目を丸くして、こちらを見た。
やがて、地下鉄が終着駅に着くと、皆がぞろぞろと降りていった。
私は若者を追い抜きざまに
「いい声してんじゃん」と小さく伝えた。
「え?」
立ち止まった若者は少しニヤケた。
私はもう一本郊外電車に乗らなければいけない。
足早にその場を去って、改札への階段を上った。
世の中は案外、捨てたものじゃない。
