休み時間、楽観的な人と悲観的な人の
違いや理由について考えてみた(・ω・)

以前、とある場所で今から自殺するという人の話を
間接的に読んだことがあるんだ。

それを見てわたしが感じたのは、
何事も人それぞれの感じ方があって
他人にはそれをどうすることも出来ないってこと。

その人がどんな環境で生きてきて、
どれだけ傷ついてきたのかなんて
その人にしかわからない…

追い込まれて、切羽詰って、現状を変える力もなくて、
死ぬほうが楽だとおもうに達する状態。


何か行動を起こせば変えられるかも知れない現実も
考え方を切り替えれば済むかも知れないことも

本人が諦めてしまえば
家族も、友達も、恋人も、他人も
誰に何を言われたって変えることは出来ない…

今にもこの世から去ってしまう人の
吹っ切れた清清しいまでのその姿と優しさを垣間見ると、
如何して心の綺麗な人間がいつも損をするんだって
悔しくおもう。 周りの人たちだって、面識のない人ではあるけど
彼にはもっといい人生を送って欲しかっただろう…

今からでも友達になって欲しいとおもわせるほど
人の心を動かした人だよ。

その場に直接いた訳じゃないけど、わたしもそうおもった。

世界中に蔓延る矛盾と不公平の理由も
全部知っている…
だから理由を問う必要なんてない。

少しでもあの人の歩んだ道が違っていれば、
あの場にいた人たちの誰か1人でも
もっと早く彼に出会っていれば。

手遅れになる前に、
修復が効かないほどに心が壊れてしまう前に…

どんなに努力をしたって
皆が幸せになることなんて出来ないんだよね。


凄く、悲しかった

知らない人の死を初めて悔やみ、悲しんだ

所詮は人間、世界を変えるなんて非現実的な話。


何処かで誰かが笑ってるとき、
別の何処かでは誰かが泣いている (´・ω・`) こんな世界大っ嫌いだ

ayaayaayaayaaya