愛情を受けないで育つと性格が歪むというのはよくあること。



某セブンでバイトをしていたときのこと
おばあちゃんがお孫さんを連れて来ているのを見て、
"せめてわたしのおじいちゃんとおばあちゃんは
 わたしに会ったらこんな風に可愛がってくれるのかな"
なんて淡い期待を抱いたりもしてみたな。

実際ブラジルにきて会ったときは、可愛がられるどころか
孫が大勢いすぎてわたし個人にはまるで興味なし
何十年振りに会えたのに、特に嬉しそうでもなく…
心底落ち込んだな。

小さい頃から何処へ行っても大人から様々な虐待を受けてきた

出稼ぎのために国境を越えた親と離ればなれになったとき
預けられた先の家では幾度となく体罰を受けて3日間昏睡状態に陥り
親のいる日本に連れて行かれて
やっとその環境から出られるとおもった矢先に
幼いわたしを1人で家に置くことを心配した親が
預けた先の男には性的虐待を受け男性恐怖症になった


小学校1年の始業式からいじめは始まった
両親の仕事の事情で転校を繰り返した先の学校でも必ずいじめ、いじめ


最初はおもっていることを言えてたのも
おもえばいじめを受けていくうち更に暗い性格になっていった

嫌がらせをされてもただ黙って何も言い返せないでいた
何度となくあの陰湿な環境を憎んだ


「あの頃に戻れたなら、あいつらにこう言い返してやるのに」
何度そうおもったことだろう


どうしてこうも嫌われるの
何処へ行こうとわたしはいらない人間なの



死ねば解決するのだろうとおもったこともあった

愛情って何それ美味しいの
冗談のようで今でもわからない疑問のひとつ


愛ってなんだろう


親の愛もよくわからないし
異性同士の愛情というものが何なのか今でもわからないでいる

わたしの愛はいつも一方的なんだよね
それでも愛って言えるのかな


まだ小学校低学年だったときに
近所のお姉さんの飼っていた兎を棒でつついて虐待したことがあったな
今考えると、おなじことじゃないか…
なんて弱いものいじめの卑怯で最低な奴

おなじ頃に、わたしより幾つか年下だった女の子が母親に
愛されて大事にされてることに嫉妬してつねったこともあったっけ。
悪いことしたな…

死ねばいいとおもうよ。わたし




でも、狼は憎悪に満ちているんだ。
憎い、憎い、皆が憎い

頭ではわかっていても、関係ない人にまで憎しみの矛先。



いじめた日本人が憎い

虐待した大人が憎い

当たり前のように愛情を受けてる子供が憎い

幸せな人間が憎い


わたしはなんて醜いのだろう……
いつもそんな憎しみと自己嫌悪の狭間で苦しんでいる



"忘れろ"と言われても無理だよ、
わたしの人生は悪で構成されてると言っても過言じゃない

それを失ったらわたしには何が残る
抜け殻だけ



邪魔な存在1人ごと消えればどんなに楽だろう…
わたしだってそうおもうよ

この醜い憎しみの塊がいつか誰かの手によって
殺められる日を切に願う




でもね、わたし我侭なんだ

この醜い部分だけ綺麗さっぱり消えてくれたらな、っておもうの


昔のわたしと今のわたしは、多分そんなに変わっていない



間違った考えだという自覚があるだけ
兎の意識があるお陰で、今はまだ普通の人間でいられる


罪を背負った人間だけど




多分人に愛されたことはない
愛されても気付いてないだけかな

愛の意味がわかったら答えは出るのかな



大切な人たちから貰った気持ちがあるから
道を踏み外さずに済んでいる

わたしだってその他大勢とおなじように
人を殺す道を歩む可能性だって否めないんだから


本当は物凄くどす黒くて、汚い人間なんだよ。
ごめんなさい、Sinto muito



これ読んだ人はきっと被害者面してる構ってちゃんだとおもうかな

構ってくれなくてもいいの
自己満足で書いているだけなの。




兎は狼が大嫌い
でも、兎には狼を殺せるだけの力はないの


どうしたらいい
この狼

ayaayaayaayaaya