片山真輔の『走れ!!しんすけε=ε=┏( ・_・)┛』 -14ページ目

think 2

理論的に物事を進めていく。

こうなるから、こうなる。

なぜそうなるのか?


陸上をやっていたときは、なぜこのトレーニングをするのかをよく考えた。


例えば土の上で走ることのメリット。

土の上で走るときはキャッチ(接地)に気を付ける。

タータンはゴムなので滑ることはほぼないし、スパイクで走ればどう走ってもしっかりとひっかかり走ることができる。

しかし土の上で走ると、キャッチするポイントをきっちりしないと滑るし、力が地面に伝わらない。
でも、それにより正しいキャッチポイントを身に付けることもできる。


そーやって、なぜそうなるのかをしっかりと生きていく上で考えていけたら面白い。


なぜそうなるのか?

他愛もないことでも、なぜそうなるのかを考えることで想像力を鍛えていきたいと思う。




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think 1

最近よく思うことがある。


例えばの話をしよう。

冬寒い時期、布団のなかで寝ている。

トイレにいきたいが眠たくて外に出れない。トイレまでの距離がめんどくさいと感じたりしないだろうか?


しかし、これがトイレではなく『ハワイへのバカンス』だったらどうだろうか?


ハワイまでの距離をめんどくさく感じたりするだろうか?

人は『したい!』と強く目的意識をもったとき、とんでもない行動力を発揮するもんだなと強く思った。


日本の社会には結構『義務』が溢れていて、誰しもが一度は『~しなきゃいけない!』と言われたり、そういう目的意識で物事を考えたり、行動したことがあるだろう。

勿論、僕だってそうです。

プロスポーツ選手の義務感は半端ないものがあると思う。

サッカーのなでしこJAPANはW杯で優勝したが、次の五輪はすでに『金メダル』が期待されている。

我々の期待により、選手の中には『金メダルをとらなきゃいけない』と思っている方もいると思う。

ただ、そういった義務感の中でも結果を出す選手は素晴らしいとも思う。

しかし、当の本人達からしてみれば我々の期待が与える義務感はいい迷惑ではないかと思うこともある。

体操の内村選手はそういう意味では凄いメンタルの持ち主だと思う。

回りがあれだけ『世界三連覇』を騒いでいても、自分の演技をやることに徹底し、金メダルをとっても一才満足していない。

彼は本当に素直に『体操が上手くなりたい』そして、自分の為に体操をしているから、そう言う精神状態でいれるのではないだろうか?


内村さんと比べると、僕のメンタルなんてすぐにポキッと折れるほど弱いなと痛感する。

てかここまでわかってるんならやることやれよ!とか自分に思ったりもする。

さて、人目を気にせずやりたいことやろうと思う。

自分の為に。







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vision

この先のビジョンについて考えてみた。

これを語るに当たっては僕の人生から語る必要があるのかもしれない。

なぜ?


なぜ僕が『役者』という道を目指したのか。

僕は小学校から周りからよく言われる『目立つ人間』『目立ちたがり屋』として育ってきた。

今思うとこのような人間になったのは理由がある。

①、自分の弱さを隠すための見栄
②、兄のおかげ

正直後者の影響が大きいだろう。

僕は兄と保育園~大学まですべて一緒の学校に通っていた。

それは単純に兄が好きだから、そして兄を越えたいからだった。

しかし、兄がいたので学校では兄の友達に可愛がって貰っていたので、どこの学校に行っても兄の雰囲気があり、また同年代にの友達に対して『上からの目線』を作っていたのかもしれない。

さて、そんな僕の小学校時代は一言で言うと『最高潮』だった。

スポーツ少年団でソフトボールとサッカーをして、当時僕たちのチームでは快挙である県大会出場。

学校生活では児童会会長と出来る小学生だ。

そして僕の生涯スポーツとなる陸上競技に出会うのもこのときである。



中学時代は、初めて兄と言う存在を邪魔と思った。

兄は中学に入り陸上競技に目覚めた。陸上部がない僕たちの学校だったが、町内に陸上クラブができた。

監督は僕の父親だった。

陸上に目覚めた兄はスーパースターにしか見えなかった。

県でも決勝に残るトップクラス。

野球をやらせればすぐに盗塁で3塁まで行く。

凄かった。

でも兄の名声が僕を拗らせた。

僕は中学入りたて、太っていた。
だからスポーツが全く出来なかった。

『弟も走れて当たり前』

周りがそんな風に思っている気がした…

兄に勝ちたいと初めて思った。

初めて『本気』になれたのかもしれない。


それから僕は陸上に目覚めた。

死ぬほど走った。

ただ学校生活が順風満帆とはいかなかった。

中学2年時、学校に行きたくなくなった。

理由は自分の弱さだ。

担任の先生が変わり、人の悪口を言う僕が目をつけられた。

友達からではない、先生という大きな権力を持っている人間に。

でもこれは僕の弱さだ。

自分がいざ標的になったらここまで辛いものなのか…

行きたくない。

行きたくない。

友達に八つ当たりしまくっていた。

救ってくれたのは、1年時の担任だった。

その先生は本気でぶつかってきた。

本気で僕の心に入ってきた。

その先生は3年時も担任をしてくれた。

そして、『お前の走る姿はカッコいい』といってくれた。

中学卒業時には陸上で高校から特待生として声がかかるほど足が速くなっていた。

この先生に会わなければ僕の人生は変わっていたのかもしれない。


中学卒業式

僕はある言葉を先生にもらった。

『心こそ、心迷わす、心なれ。心に、心、心許すな』

自分の弱い心には、自分の心をもって征する。

これは僕の座右の銘になっている。






vision2へ続く。


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