片山真輔の『走れ!!しんすけε=ε=┏( ・_・)┛』 -12ページ目

三剣士

今日たくさん洗濯をした男、片山真輔です。



少し洗濯物が溜まっていたもので。

ただそれだけ。







さて、昨日から僕の通うワタナベエンターテイメントカレッジの卒業公演『Remix Live~三剣士~』がスタート致しました。
※東軍、西軍のタブルキャストです。



僕はスタッフとしてお手伝いさせて頂いてます。



新宿スペース・ゼロという大きな舞台で縦横無尽に歌い、踊り、芝居をする同期の仲間達を影ながら見て、かっこいいなー。と思ってる次第です(^^)


ココで一枚。

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東軍三剣士、セイカイ役の荒川泰次郎くんです。


彼は今回殺陣が多い役どころで華麗な殺陣を見せてくれます。←あざーす。




裏で荒川くんがはけてくると、毎回汗だくです。



そんな姿見せられたらもう…惚れてま…みたいな感じです。




今日は19時から西軍の公演が控えています。

そして明日は、東軍、西軍の両公演があります。





とにかくみんな全力で駆け抜けてもらいたい!

それだけじゃな(^-^)/



頑張れーーー!

ギョギョギョ!?

冷蔵庫を開けたらニンニクしか入ってなかった男、片山真輔です。



だからといって引き下がらないのが僕です。


作ってやったよ!

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ニンニクの壺漬け




こりゃー酒の肴にピッタリだぜ。

ただ、口臭ハンパないが…w







さて、先日僕の母校である美作大学陸上競技部の追いコンがあったみたいです。


僕の2コ下にあたる代の追いコンですね(^^)



いや、一言言うとすれば…


『お疲れさん』


ですね(^-^)/




入ってきた時は、こいつら大丈夫か?

って思った弟、妹達が僕達のイジメ?に耐えて…w 先輩なり、立派になってるのは何だか嬉しくもあり、頼もしくもありな気持ちですな(^^)



自分は追いコンに参加出来なかったけど、また同窓会で会えたらいーなと思います!


本当にみんなお疲れ様でした\(^o^)/






さー!
関東は大雪!
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凄まじいことになってますよ。


こっちにきてこんなに降ったの初めてじゃないかなー!(◎_◎;)



ハンパねーす。






そんな中、僕は身体鍛えにジム行ってきまーす。


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think 5

僕の大好きなアスリートの一人、為末大さんのTwitterでの呟きを読んで、一つの舞台を作り上げる上でこの様なことはよく当てはまるのでは無いかと思った。

※『』内は引用です。

『忍耐が習慣化した人は、世の中はみんなの忍耐によって支えられていて、誰か一人がそれをやめる事で全体が壊れるという世界観を持っている。だから彼らのうち攻撃的な人は、やめようとしている人を社会倫理と呼ばれるもので縛ろうとする。
忍耐を勧める人には、本当にそう思って言っている人と、自分も耐えてきたんだから君も耐えるべきだ、が心の奥底にある人の二種類いる。根性論者の多くは本人の自覚が有る無しは関係なく、後者が多い。自己の内側に、我慢してきた恨みのようなものが残っている。』

例えば僕自身が舞台一つを作り上げる中で感じる、忍耐を強要される物ってのは「稽古」だ。

日程を強要され、尚且つ時間も決められる。時間も朝から晩まで稽古場に入り、自分が出ないシーンも居なければならない事が多い。

アンサンブルがいるような舞台だと、この待ち時間は苦痛だ。

でもこれ自体は特に大きなストレスにはならない。

じゃあ何がストレスになるのかと言うと、為末さんの言う忍耐が習慣化した人の存在だったりする。

『忍耐が習慣化した人は、世の中はみんなの忍耐によって支えられていて、誰か一人がそれをやめる事で全体が壊れるという世界観を持っている。』

この様な価値観がある人は、たった一人の遅刻、台詞の入れ、失敗にかなり厳しくなる。リーダーにこの様な方がいれば、自ずと他の人は「やらなきゃ怒られる」「遅刻してはいけない。」「ちゃんと稽古を見ておかなければいけない。」など、稽古が義務化してしまう傾向にある。

その為、機械の様に返事をしたり、やらされていると言う感覚で動いている為、人の説明を聞けず、言っていることを理解出来ない事が多い。

実際僕も、そういった義務化した舞台の時は台詞の入れが自発的で無い為、全く台詞が入らなかった。また口ぐせが「あー、これしなきゃいけない。」だった。

また強要された人は「なぜ遅刻した?」「なぜ台詞を覚えない?」と今度は他の人に強要を始める。それはなぜ起こるかは、下の為末さんのツイートをご覧下さい。

『みんな我慢しているからという理由で我慢した人は、不公平という理由で、我慢すれば成長できると言われて我慢した人は、自分の人生を肯定したいという理由で、人に我慢を勧めるもしくは強要する。それはある意味でその人の防衛でもあって、その人自身もまた何かに縛られている。』

結局、自己防衛としてそのようなことを言うようになるのだ。

これに関しては実際に僕自身、自分を防衛する為にこういった事を言ってしまった経験はある。

今思い返せば、「周りがやってるんだからやらないのはおかしい!」という感情があったと思う。そして耐える為に、そういう発言をして、自分を、ミス出来ない立場に追い込むことで頑張ろうとしていた。
でもこういう時こそミスは起こりやすい。それは行動、発言が義務化しているからだ。
本当に耐えれる人ってのは下のような人だと思う。

『僕が知っている忍耐強い人はアスリートもそれ以外も含め、穏やかで他人には寛容な人が多い。本当に苦しい時は周囲の”耐えるべき”という外圧ではなくて、自己の”耐えたい”という内圧によってでないと耐えきれない事を知っているからだと思う。逆に周囲は逃げ道を用意する事で内圧を高められる。』

要は自分で「耐えたい、やりたい、頑張りたい」と自発的な人だ。
自分が座長として動いた舞台を例にあげると、その舞台は僕自身が周りの人に強要を一切せず作り上げる事が出来たように思う。
稽古や役作りについて、強要しない事で、キャストそれぞれが考え「これでいいのか?」と、自分自身と向き合っていた。
またそれぞれ演じる世界で「生きたい」と強く思っていたと思う。
だからこそ、遅刻をしない方法や台詞を覚える事に時間を費やすのではなく、役作りに時間を割くことが出来たので円滑に物事が進んだと思う。

今僕がスタッフとして関わっている舞台では、キャストの相談に乗り、話を聞く限り多数の人が「やらなきゃいけない」の義務化状態に陥っているように感じる。

本番まであと3日の今からこの状態を打破する事は凄く難しい事だと思うが、為末さんのツイートにある、※下ツイート

『【まとめ】だから僕が勧めるのは、誰とでも話せばわかると思わない事。忍耐を強要する人と本気でわかり合おうとすると、その途中の過程で疲れきってしまう。自分がいて居心地がいい相手とだけつき合う事は悪い事じゃない。好きな人とだけなるべくいるという許しをまずは自分に与える事だと、僕は思う。』

のように自分自身に楽な気持ちをもち相手と接する方が、忍耐の強要を上手く避ける事が出来るのでは無いかと思う。

ただ今回僕の関わる舞台が悪いと言う訳では全くない。リーダーをはじめとする人には的を得た発言をしてチームを引っ張る部分ももちろんある。
それに、キャストは自発的な人も居てまとまりもある。
だが、中には発言が忍耐的な強要になっている人もいるのではと思う。その為アンサンブルをはじめとする人が義務化に陥っているのでは無いだろうか。

舞台一つをとってもどれが正解で成功か、その細かい定義は無いのでわからないが、自分自身が舞台などの作品に参加する時はこういう『忍耐の強要』を上手く避けて行けたらいいなとも思った。