アメリカのコロラド高原にはインディアンの集住地があり、北海道ほどの広さに20万人のインディアンが住んでいるそうである。そこは砂漠地帯なので水をとても大切にし、用を足すのに水を使うことはもちろんないそうだ。ある家のトイレは高台にあって広々とした景色を見下ろすようになっており 「初めて見た時は驚くやら恥ずかしいやらでしたが、すぐ慣れました。特に夕暮れ時などは宇宙に向かっている感じで、今では気持いいと思うくらいです」 とある日本人が書いているのを読んだことがある。

 私はそのときずいぶん前に登った夏の飯豊(いいで)連峰のことを思い出した。福島県の山都町から登った私たちは切合小屋の近くにテントを張った。ゆるい斜面の気持いい草はら,雪渓の下から吹き出るように流れ出る手を切るように冷たい水、暑い下界が嘘のよ うな別天地であった。しゃがむと肩から上しか見えない草はらで朝の陽光を浴びながら用を足した。山登りでは 「雉を撃つ」 といったりする。そのときの姿勢からきたのだろう。女性の場合には 「お花摘み」 というそうだが本当だろうか。この時のあくまで青い空、心地よい風、鮮やかな山の緑は今も記憶に新しい。この時の体験がよほど印象に深かったからであろう。

 

 似たような体験談がたしか谷崎潤一郎の書いたものにあったと思って探してみた。 吉野の取材旅行記風の作品である 『吉野葛』(1931年) と見当をつけたが残念ながら 「用 を足す」 ような話はでてこない。そこで思いだしたのが 「厠のいろいろ」 という文章である(1935年、『陰翳礼讃』 所収)。その中に吉野上市での体験が出てくる。おそらく 『吉野葛』 の時のことであろう。このあたりは山が川に迫っているので道路から入ると 1階のはずが 2階だったりする。そんなうどん屋で用を足すこととなった。

 

「便所のある所は二階であったが、跨ぎながら下を覗くと、眼もくるめくような遥かな下方に川原の土や草が見えて、畑に菜の花の咲いているのや、蝶々の飛んでいるのや、人が通っているのが鮮やかに見える。つまりその便所だけが二階から川原の崖の上へ張り出しになっていて、私が蹈んでいる板の下には空気以外に何物もないのである。(中略)糞の落ちて行く間を蝶々がひらひら舞っていたり、下に本物の菜畑があるなんて、洒落た厠がまたとあるべきものではない。」

 

と谷崎は書いている。「厠で一番忘れられない印象を受け、今もおりおり想い起すのは」 と書いているように大変に強烈な印象だったのであろう。この話は 「厠のいろいろ」 の最初に出てくるのだが、なんとも牧歌的な光景である。なにも山の上まで行かなくても、昭和の初めには人はまだけっこう自然と仲良く暮していたのだと思った。

 

 富士山や北アルプス・尾瀬などで登山者の屎尿による環境汚染が深刻化して、今では屎尿の処理に大変なお金が必要となっている時に、 こんなのんびりしたことを言うと顰蹙(ひんしゅく)を買いそうだが、しかし誰でも用を足さないわけにはいかないのだから、日本人が世界の隅々まで出かけるようになった今日、珍しい体験や珍談・奇談の類も多いことだろう。私なども、何処の国だったかは忘れてし まったがヨーロッパに行ったとき、爪先立たなければ小用を足せない場面にぶつかり何故か屈辱を感じたのを覚えている。(写真はパリの公衆トイレ)

 

 

 

 

 私の中国旅行でのトイレの印象はまことに悪かった。移動中は水分を控えめにして、用はホテルかレストランで済ますことが常識とされた。しかしそのようにばかりはいかないので、どうしてもビックリするような体験をすることになる。はじめて中国に行ったときは、道路の端にトイレが目立つので公衆トイレがなんと多いことだろうと思った。街の散歩の時にはそこで用を足したりしたこともあったが、実はこれは公衆トイレではなくその前の家のトイレだったとやがて気がついた。 とにかくトイレがよく目についた(写真上)

 

 本当に驚いたのは洛陽郊外の龍門石窟を見学したときだ。今はどうか知らないが、当時は何処を見学するのも外国人は中国の人より高い料金を取られた(例えば仏教初伝の遺跡白馬寺は中国人 5角、外国人 4元で 8倍。写真下)。石仏を見学したとき有料トイレがあったので例よって高い外国人料金を払って入った。有料だけあってさすがにきれいになっていたが、個室が壁も扉も腰の高さまでしかないのには驚いた。並んだ個室の下に溝があって水が流れているので清潔ではあるが(しかし下流には上流のものが流れてくる)、そ してしゃがめば隠れはするが外からは簡単に覗けてしまう。人間誰でもすること、恥しがることはないということなのだろうか。それにしてもこのトイレの管理人が掃除 をしながら話しかけてきたのには参った。また河南省開封にある大学に行ったとき学生の使うトイレを覗いたらやはり同じようなつくりだった。今も中国のトイレはこのようなままなのだろうか。

 

 ある人が 「トイレへの期待度は、国によって違う。便座に座る国もしゃがむ国も、水で洗う国もふく国もある。 ふくにしても紙を使うか、葉か石か木片か、文化により違う。トイレの良しあしは、その国の人が自分の国のトイレに幸福を感じているかどうかで決まる。」 と言っている。

  たしかにコロラド高原のインディアンは自分達のトイレを不仕合せとは感じていないだろう。用を足すというのは意外と奥の深い問題のようだ。