12月に入って忙しい日々が続いていた。12月2日、3日、5日と東京のクライアントで研修を実施し、6日は娘の幼稚園のお遊戯会を見て、午後はパッキング、7日に日本を発ってサンフランシスコに到着し、息子と夫と5週間ぶりの再会。8日は時差ボケの体に鞭打って、洗濯して、洋服や洗面用具を大きいスーツケースから国内出張用の小さいスーツケースに詰めなおし、9日は仕事、10日にまた飛行機に乗って東海岸に出張。11日、12日と研修をやって、13日に6時間半のフライトでサンフランシスコに戻り、そのまますぐに息子の学芸会へ。
というわけで、前回のブログの続きを書けていなかった。
韓国人の仕事仲間の友人から届いたクラウドファンディングのメールには以下のようなことが書いてあった。
韓国人の仕事仲間が癌になり、いったんは治療が成功したのだが、数か月前に再発して、今回はかなり高度な治療が必要となるので、その治療費を支援してほしい。
彼女が癌になっていたとは知らなかった。以前、彼女に韓国文化の専門家として研修に来てもらったことがあったが、その頃はすでに再発していたことになる。でも、彼女の言動は病気であることを全く感じさせなかった。メールを読むと、かなり厳しい状況のようであった。彼女がよくなることを祈りながらクラウドファンディングに寄付した。たまに、彼女どうしているかなと、彼女を支援するサイトをのぞいてみることもあった。
それから半年くらいして、またメールが届いた。彼女が亡くなったとのことだった。もう2年以上前のことなので、その通知がメールで来たのか、サイトを見て知ったのか、覚えていない。彼女のFacebookのサイトの背景の色が黒に変わった。当事者が亡くなるとFacebookの背景の色が黒に変わることを初めて知った。
そのときの私の気持ちは、もちろん悲しい、寂しい、という気持ちはあるのだが、それに加えて、なんと言ったらいいのか。。。適切な言葉が見つからないのだが、強いて言うと、「不思議な感じ」がずっとしていた。
彼女が死んで自分が生きているという不思議。
8年前にレストランで将来の夢を語り合っていた光景がまざまざと浮かび上がってくる。彼女の目はキラキラしていた。あのとき、彼女も、私も、8年後に彼女が死んでしまうなどとは、夢にも思わなかった。
次回に続く
