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完全休養
















今、携帯の待ち受けは母校のグランドの画像です

この画像を見ていると思い出が無限かのごとく出てきます


人間関係に苦しんだ日々

走れない怪我を負ったこと

親のありがたみに気づきウエイト場の隅で泣いたこと

カンカン照りの中、永遠走った夏休み

他の誰よりもけん垂をしたろくぼく

先生にボコボコにされたこと

練習に入れてもらえなかったこと

暗闇で泣きながら1人練習したこと

上級生になっても練習中、草抜きをやらされたこと

練習もやらないくせに才能だけの奴に負け続けたこと

100m専門の中でウエイト勝負で1番になったこと

森さんが練習していた砲丸投のサークル

高校時代のベストを更新した時に先生にもらった『おめでとう!!』の言葉

4年間会話しなかった奴と仲直りできたこと

毎年クリスマス前にはみんなでプレゼント交換したこと

ラストのレースでみんなに応援されながら走ったこと

『先輩のおかげで俺たち助かってる部分かなりあるんすよ!マジ感謝してますから…』と怪我で練習できない後輩達に言われた言葉

半年ぶりに東京に帰ってきて走ったレース








ダメな俺

脚を手術しどん底まで落ちた日々

消えていったムカつく奴ら

ダメな過去を打ち破った俺

俺をしたってくれる後輩

共に刺激しあえる学年を越えた仲間達

ずっと俺のことを考えて最後まで指導してくれた先生

グランドを去った俺








入学当初は自分のダメさもわからないぐらいのダメな人間でした

先輩同学年と会話が無くなり人間関係は最悪

次に入ってきた一つ下にはなめられタメ口をきかれました

人望もなにもなかった俺

3年のときに高校のベストを更新しだしたぐらいから風向きが変わりだしました

俺をのけ者扱いしてきた奴らが面白い様に陸上部を辞めていきました

先生から後輩の指導を頼まれ自覚が出だし、タイムが面白い様に出ました

就活期間中、先生に教員免許を取ることをすすめられ卒業後プラス2年間陸上部に残ることができました

先生に『どん底からはい上がった先輩がいるんだぞ!お前ら!』と後輩の見本にされました

より後輩の見本になるべく、またタイムがのびました

実際についてきてくれる後輩があわられ出します

今まで話ができなかったチーム内のトップレベル選手と話が合うようになり、種目をこえて情報交換できる様になりました

そんな最高な時に俺は東京を出ました



東京を出た理由はこれ以上親に金銭的負担をかけたくなかったのが一番でした

低レベル選手の俺はスポンサーや実業団にも入れないので、独り暮らしで仕事と陸上を両立できる自信がなかったのもあります

沢山悩んだ末の決断でした




次にグランドに行くのは今年の11月です

苦走道-P10000273.jpg