今日のメニュー
フルスクワット70kg
クリーン60kg
100m流し走×4
中学校の時の思い出話をします
僕は中学校に入ってすぐに陸上部に入りました

人と仲良くしたり団体行動が苦手だったので陸上部にしました
種目も100mの選手と決めてもらって100mばかりでてましたが2年生の夏まで13秒を切れませんでした
練習も『筋肉痛なので休みます』といって3日連続休んだりよくしていました
なので体育祭の時もサッカー部に走るの勝てませんでした

やる気なかったなあ
大会に出ても必ず予選落ちでした
あるとき好きな種目にでれる京都市の中学校新人戦があって試しに200mと400mにでました
200mはいつもみたいに普通に予選落ちでしたが
400mは予選の全8組中4組終了時点で8番目でした
記録は今でも忘れない61秒08……
『決勝に残れるかも
』とウキウキしてましたが
予選が全て終了してみれば全体の12番
悔しかったあ
自分が出れていたかもしれない決勝を悔しくてだれの顔も見れず雰囲気だけ見ていたのを覚えています
その時単純に考えました
『練習をせずに12番なら、練習をしたら8番には入れるはずだ』
中学校の陸上部は顧問の先生はいたけど規則とかが厳しいクラブではなかったし
楽しく走ろうみたいな雰囲気でした
でも俺はその日以来スイッチが入りました
陸上の雑誌や本を読んで勉強して練習メニューを自分で組んで練習をしました
授業中は練習ノートを書いたり放課後の走るメニューを考えたりで一切授業は聴いていませんでした
おかげで評定平均は1.5までいきました

わら
今でも中学校の勉強は空白です

グランドの使用時間が後半の時は時間ぴったりにライン引きでトラックを引きはじめました
前半がサッカー部の時はめっちゃ文句をいわれていました
アホみたいに一人でハアハア必死こいて練習していたのでサッカー部やバスケ部の年下にもバカにされていました
ひやかされてムカつくときもあったけど
でもなぜがそれどころじゃないくらい必死でした
悔しかった新人戦から7ヶ月…
京都市中学校陸上春季大会
申し込んだ種目はもちろん400m

絶対決勝にいくんや
って気持ちで当日を迎えました
予選…
56秒0ぐらい?全体で1番のタイムで決勝にいけました
でもみんな流してるんだろうなあ、とそっちの方が怖くてあまり嬉しさはありませんでした
でもそれなら今までがんばってきた分を足がちぎれてもいいからぶつけよう
そう思いました
決勝…
スタートしてすぐに空を見て、きれいな夕焼けが見えました
すごくリラックスしていました
次に気がついたら最後の直線で先頭でした
後ろから追い掛けてくる人達のいきづかいが聞こえました
必死でした
ゴールしても先頭でした
優勝しました
55秒19
足の裏は血豆が潰れスパイスが赤く染まっていました
例年に比べ遅めの優勝記録だったらしいですが
クソうれしかった
月曜日になって学校にいっても先生やみんなにすごいすごい言われて
サッカー部やバスケ部のチンカス君達もなにもいわなくなりました
男前ぞろいのバスケ部が市内準優勝した直後だったので学校の話題を横取りできたのも、してやったり感がありました
生まれて初めての不思議なうれしい体験でした
その夏に100mに出たら11秒9が出たりもました
そこでまた考えました
『もっともっとがんばればもっともっと嬉しい体験できるかな』
…この気持ちで10年近く走ってきました
この中学校の春季大会の優勝を含めて嬉しかった体験は3回ほどしかありませんが
この一瞬の為に手間と時間をかけてやっています
年齢を重ねるごとに経験値は上がっていきますが練習環境や身体能力の面でハンデが出てきます
最近のその逆境も楽しくてここからはい上がれば嬉しさ2倍かなとか思いながらやってます
土日の京都選手権で久しぶりに10秒台がでて(2007年11月以来)なんかホッとした感じがあります
25歳まだまだやれる
フルスクワット70kg
クリーン60kg
100m流し走×4
中学校の時の思い出話をします
僕は中学校に入ってすぐに陸上部に入りました

人と仲良くしたり団体行動が苦手だったので陸上部にしました
種目も100mの選手と決めてもらって100mばかりでてましたが2年生の夏まで13秒を切れませんでした
練習も『筋肉痛なので休みます』といって3日連続休んだりよくしていました
なので体育祭の時もサッカー部に走るの勝てませんでした


やる気なかったなあ

大会に出ても必ず予選落ちでした
あるとき好きな種目にでれる京都市の中学校新人戦があって試しに200mと400mにでました
200mはいつもみたいに普通に予選落ちでしたが
400mは予選の全8組中4組終了時点で8番目でした
記録は今でも忘れない61秒08……
『決勝に残れるかも

』とウキウキしてましたが予選が全て終了してみれば全体の12番

悔しかったあ

自分が出れていたかもしれない決勝を悔しくてだれの顔も見れず雰囲気だけ見ていたのを覚えています
その時単純に考えました
『練習をせずに12番なら、練習をしたら8番には入れるはずだ』
中学校の陸上部は顧問の先生はいたけど規則とかが厳しいクラブではなかったし
楽しく走ろうみたいな雰囲気でした
でも俺はその日以来スイッチが入りました
陸上の雑誌や本を読んで勉強して練習メニューを自分で組んで練習をしました
授業中は練習ノートを書いたり放課後の走るメニューを考えたりで一切授業は聴いていませんでした

おかげで評定平均は1.5までいきました


わら今でも中学校の勉強は空白です


グランドの使用時間が後半の時は時間ぴったりにライン引きでトラックを引きはじめました
前半がサッカー部の時はめっちゃ文句をいわれていました

アホみたいに一人でハアハア必死こいて練習していたのでサッカー部やバスケ部の年下にもバカにされていました
ひやかされてムカつくときもあったけど
でもなぜがそれどころじゃないくらい必死でした
悔しかった新人戦から7ヶ月…
京都市中学校陸上春季大会

申し込んだ種目はもちろん400m


絶対決勝にいくんや

って気持ちで当日を迎えました
予選…
56秒0ぐらい?全体で1番のタイムで決勝にいけました

でもみんな流してるんだろうなあ、とそっちの方が怖くてあまり嬉しさはありませんでした
でもそれなら今までがんばってきた分を足がちぎれてもいいからぶつけよう

そう思いました
決勝…
スタートしてすぐに空を見て、きれいな夕焼けが見えました
すごくリラックスしていました
次に気がついたら最後の直線で先頭でした
後ろから追い掛けてくる人達のいきづかいが聞こえました
必死でした
ゴールしても先頭でした
優勝しました
55秒19
足の裏は血豆が潰れスパイスが赤く染まっていました
例年に比べ遅めの優勝記録だったらしいですが
クソうれしかった
月曜日になって学校にいっても先生やみんなにすごいすごい言われて
サッカー部やバスケ部のチンカス君達もなにもいわなくなりました
男前ぞろいのバスケ部が市内準優勝した直後だったので学校の話題を横取りできたのも、してやったり感がありました
生まれて初めての不思議なうれしい体験でした
その夏に100mに出たら11秒9が出たりもました
そこでまた考えました
『もっともっとがんばればもっともっと嬉しい体験できるかな』
…この気持ちで10年近く走ってきました
この中学校の春季大会の優勝を含めて嬉しかった体験は3回ほどしかありませんが
この一瞬の為に手間と時間をかけてやっています
年齢を重ねるごとに経験値は上がっていきますが練習環境や身体能力の面でハンデが出てきます
最近のその逆境も楽しくてここからはい上がれば嬉しさ2倍かなとか思いながらやってます
土日の京都選手権で久しぶりに10秒台がでて(2007年11月以来)なんかホッとした感じがあります
25歳まだまだやれる
