宮城沖の大地震の影響で、
都内の交通網が完全にマヒしている。
その為、会社から2時間かけて徒歩で帰宅した。

山手通り沿いの歩道は、家路に向かう人々で溢れていた。

そんな中、三茶あたりであっただろうか、
やたらと混んでいて中々前に進まずイライラしていたのだが、
その原因がわかった瞬間、複雑な想いにかられた。

歩道沿いの飲食店の前で、店員さんが気を聞かせて
歩行者に温かいお茶を配っていたのである。

嬉しそうに飲んでいる人もいれば、
舌打ちをして素通りする人もいる。

もちろんお店の方に悪気はなく、
100%善意でのことであっただろう。

しかし、視野を広げてみてみるとどうだろうか。

歩道をふさぎ、交通の妨げになっているのは明らかである。
歩行者の苛立ちを巻立て、
家路を急ぐ人々の時間を奪っている。

温かい飲み物は、街中どこにでもある自販機やコンビニで買えばいい。
無料だからもらっているだけなのである。

しかし、人の暖かさや優しさは充分に伝わってきた。

どちらが良いかという答えなんてないのだろう。

善意が必ずしも良い方向に働くとは限らないが、
まわりを気にし過ぎると伝わらない想いもあるはずだ。

仕事や恋愛、さらには人生そのものにも同じことが言えるだろう。

かっこ良くまとめてみました。




それにしても、ヌーボーは美味かったなぁ



中学まではクラスの中心的な立ち位置で、
3年間学級委員までつとめていた自分だが、
いつの頃からか口下手になっていた。

社会人になってからも目立った言動は避け、
飲み会の席などでも端に座り
仲の良い同期とばかり話している。

もっと社交的になるべきと考えるが、
やはり思うようにいかない。
が、人懐っこさだけは大人になってからも変わることはなかった。


昨年末の会社の忘年会で幹事を任された私達同期7人、
しかし仕事が忙しかった私は、
幹事の仕事を何一つ出来なかった。

忘年会翌日、幹事を出来なっかた謝りのメールを7人に送った。
すると同期の1人から返信のメールが届く。
『SHOさんは幹事の仕事は何もしていないけれど、
 いつもいてくれるだけで、必ずその場の雰囲気がなごみます。
 それだけで充分です、ありがとう。』

学生時代の友人や、以前務めていた会社の先輩にも全く同じ事を言われたことがある。


アメト~クで光浦さんが言っていた。
『変わろうとしても変わろうとしても変われない部分、それが“個性”である。』


そのままの自分でも良いと思えるようになってきた。





それにしても堺正章はオシャレだなぁ。



好きな事と得意な事は別物である。

幸運にも自分は、
好きでもあり、得意でもある事を仕事にしている。
自分にとっての天職であると確信できるだろう。

現在の収入は年相応である。

しかし、10年後はおそらく世間の平均年収より少ないだろう。

貧しい家庭環境で育った自分にとって、
これはかなり深刻な問題である。

数年後、結婚し子供を授かるとする。
子供の成長と共に収入も増やさねばならないのだが、
現在の職種では、おそらく昇給にも限界がある。

技術職である為、
独立、あるいは会社には秘密で他社からの業務委託を個人的に請け負う、
といった手段もある。
どちらも現在よりかなり忙しくなるだろう。


得意な事は他にもある。
しかし好きな事は他に見つからない。

好きでも得意でもある現在の職種に骨を埋めるのか、
それとも、けして好きではないが多少収入の多い仕事に転職するのか。

金銭面で、絶対に家族には惨めな想いをさせたくない。


男27歳、まさに人生の岐路である。



それにしても、ウルフルズの歌は落ち着く。