お久しぶり。
まるで最後の段階に差しかかっているかのように、今はN1試験の準備をしている。心の中には「あと少しで届くかもしれない」という期待と「まだ時間残っているのか」という不安が入り混じっている。それでも働かざるを得ず、毎日三時間かけて住居とオフィスを往復する日々だ。
去年十二月の試験を迎えた頃、いまの仕事を始めた。面接のとき、上司は残業制度を隠していた。初出社の日、同僚から「残業時間は金曜と土曜のみ計算されて、他の日は計算に含まれないよ」と聞かされ、驚いた。後で知ったのだが、上司は同僚に「こんなに早く残業のことを知らせるなんて、辞めるきらいがあるんじゃないかしら」と言った。わたしには「私は大らかなひとだから、君は心配する必要はない。つらいときは休んでも大丈夫だよ」と笑顔で言った。
九月は家族が亡くした深い悲しみに沈み、十月は上司とチームとの仕事に慣れる日々、十一月はひたすら残業だった。ある夜、チームは夕食も取らず、ソーダクラッカーを分け合い、さらに管理職のリーダーに呼ばれて清掃までさせられた。夜九時半、ようやくバスに乗り、麵屋であたたかい牛肉麺を食べながら「もう辞めようか」と呟いた。試験直前の二週間は残業だけでなく、早出も必要だった。頭の中がごちゃごちゃしたままの毎日、勇気を出して親しい上司に「試験前の金曜日は在宅勤務をさせていただけますでしょうか」と頼んだ。「在宅勤務ってノーワークの意味だよね」と言いながらも承諾してくれた。しかし後になって不満がある時、「っていうか、きみの試験なんて私には関係ないだろう?休ませなくても問題ないよね」と文句を言われた。
せめて今回は、仲の良い同僚と一緒に試験を受けることを、上司には内緒にしておく。
今週には上司から契約更新の話があった。転職先が見つからない状況で、私は「続けます」と答えるしかなかった。またしても前任のアシスタントと比べて、主導性を強調し、否定的な態度を示す。まさかクビになるのか、と最後には思ったが、結局彼女は言わなかった。
帰り道、自分に問いかける。これが本当に私の望む人生なのだろうか。
正直に言えば、同僚たちは「まだ若いよ」と言うのは、私が彼らの中で一番若いからだ。「三十歳を過ぎるとまるで違う」という話を聞いて、その年齢差に驚いた。私自身、精神的には長い間過去に留まっている気がする。特にコロナの時期。ずっと卒業したばかりでまだ二十代前半のような感覚が続いている。しかし、日々のルーティンを繰り返すうちに、身体的には大人の疲れが現れ、過去の悲しみを忘れられないという事実に気づかされる。
奇妙な不均衡感が、いつもつきまとう。三十歳にどんどん近づいているのに、まだ何も決めていないのはまずい、全然大丈夫ではないと感じる。
契約を更新したくない。
転職は難しい。
アプリで自分を売り込むように履歴書を送るのはまた慣れない。
ブランクは許さない。
有給は使えない。
迷い込んだ辛さと、不自由なこの状態。なんだか少し、息苦しい。
最近「サイレント」を観ている。
暖かくて、どこか哀れな物語だ。