お久しぶり。
台風のため、今日は部屋にこもっている。
とうとう試験が終わった。
ついに誕生日を迎えた。
いまさら、また誕生日に期待を寄せている。なんていうか、やはり特別な日なのだ。平日じゃないてよかった。ワールドカップがあって、起きたときの空は灰色で、すごいセミファイナルを見た。その後、予定通りオーシャンパークへ行ったつもりどうりいった。電車に揺られる。蒸し暑い空気には、海水の匂いが混ざっていた。
試験が終わったこの二週間、仕事は続き、外出する時間が増えた。四年ぶりのサッカー大会はまるでフェスのようで、毎回おなじみのチームを応援する。十二年まえに比べて、知っている選手が減るのは当然だが、新しい名前と顔を覚えていく。こういうことは日常の中でよくなる。アプリで「過去のこの日」の通知を見て、「こんなこともう○○年の出来事なんだな」と思うことが多い。
ひとりのとき、時折、祖父の影は頭に浮かび、声が聞こえる気がする。でも、同じ眩しすぎる太陽を見上げるとき、病院への道をどれほどはっきりと覚えていても、もう去年ではないんだと気づく。会えない。そういう思いは時間のおかげで出てくる機会が少くなる。働き場所のある先生は突然なくなったニュースをまらったとき、大ショックだ。直接の交流はなかったけれど、何度か会ったことのある知り合いだけれど、私の誕生日はこの人の命日と重なること、忘れるのは難しい。
生きることは大事だ。
四年前の卒業の時、新しい学部長から「皆さんの短期、中期、長期目標は聞かせてほしい」と言われて、私は「長期目標は生きるです」と答えた。彼は少し不満そうになった。
「長期と言っただけだけど、遠き過ぎないか?」
「でも、個人の長期目標は『生きる』であるのは間違いないです。」
「では、もっと具体的に。例えば、『生きている』は『生きる』の一種よ。」
「じゃあ、『ちゃんと生きる』はどうですか?」
「まあ、さっきより良い答えだね。」
そんな会話から数年、自分でも思いがけなかった都市に留まり、想像しなかった分野でもがいている。
「迷ってはいけない」と教えてくれる。迷わずに目標を設定するのはいい。でも、迷いながら生きるのも珍しくない。

2026/7/12 オーシャンパーク イルカとドルフィントレーナー
昨日、オーブンのいらないフォカッチャを作った。分量が自分のフライパンに合っていなかったのか、少し不格好なパンが焼き上がった。でも、今日のパンはすごく綺麗に焼き上がった。嬉しかった。
ちなみに前回の日本旅行の前、大好きな塩パンを買ったことがある。空港に着いたとき食べきれなかった分を鞄に入れていたら、手荷物検査のお姉さんに「これ、何の食べ物ですか?」と聞かれ、「パンです」と答えたのを思い出した。
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ネイティブではない私が文章を書き始めたきっかけは、試験の準備中、頭の中に日本語の文がパタパタと浮かんできたことだった。 試験が終わったいま、そういう言葉たちは消えてしまった。
でも、文章を書くことは、これからも続けていく。