読了できませんでした。

 

「道化師の蝶」、「松ノ枝の記」の二編からなる作品です。

 

 

「道化師の蝶」を読み終えたところで、もうわけわかめコアラ

「松ノ枝の記」は読む気になれませんでした。

 

これは日本語で書かれている文章ですか?

日本語のふりした無活用ラテン語で書かれているのではないですか?

と問いたくなるようでした。

(作中に無活用ラテン語で書かれた作品を翻訳した作中作が出てきます)

 

Ⅰ~Ⅴ章の主人公がそれぞれ誰なのか、はっきり理解せずにぼんやり読んでいたら訳が分からなくなりました。

文章もむつかしい。

例をひとつ。

 

「次の文章は噓を言っている。前の文章は真実を言っている。この二文を読み流して問題はなく、生真面目に見つめるならば何かが起こる。次の文が嘘を言うなら、次の文は嘘を言っていると主張していることになり、前の文が嘘を言っているなら、その主張はその主張は次の文が真実を言うこととなり、次の文は、前の文は嘘を言っているとなる。」

 

いま、冷静になって読めば分からなくもないのですが、混乱している最中にこのややこしい文がでてくると混乱度が増します。

こういうややこしい文がちらほらあり目が字の上を滑っていくことが多くて、読んでいても意味が頭に定着しませんでした。

 

再読するなら、ぼんやり読まずに作品の構造をきちんと意識して読もうと思う。

多分再読しないだろうけど。。。

 

やっぱり純文学は苦手だ。

 

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本の紹介[Amazonより]

 

著者:円城 塔

 

無活用ラテン語で書かれた小説『猫の下で読むに限る』で道化師と名指された実業家のエイブラムス氏。その作者である友幸友幸は、エイブラムス氏の潤沢な資金と人員を投入した追跡をよそに転居を繰り返し、現地の言葉で書かれた原稿を残してゆく。幾重にも織り上げられた言語をめぐる物語。〈芥川賞受賞作〉

 

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