「いただきます」ってのは日本のいい文化だとは思う
キリスト教みたいに「主の恵みに」といった儀礼も似ているものではあるけれど
日本のそれはどこの宗教圏にいたって使えるし、そだった命にじかに感謝してる響きがいい
ただ偽善者が自然的に旨い肉を喰らうための免罪符になるのはなんだかなぁとおもう
http://youpouch.com/2012/02/28/56758/trackback/
以下Facebookでも書いた内容
「非人道的」って何なのでしょうか。食肉とするために狭く(例によっては酷く不衛生な)檻の中で育て
て、
苦痛を伴う捌き方で殺す。衛生的で管理の行き届いた
環境下で苦痛を味わうこともなく命を消費する。
前者にお
いて「いただきます」という言葉で残酷さに折り合いをつ
けることが出来るのなら、
なぜ後者にそれが及ばないので
しょうか。
いくら人間が「工場生産の肉は可愛そう。感覚も本能も欠
けることなく備わった動物を檻に閉じ込めて、
最後には苦
しめながらお肉にして、いただきますを言って食したい」
といったところで、
動物たちは、死にたくないし苦しみた
くないことには変わりありません。
人間が万が一に消費さ
れる側だとするのなら、閉ざされた世界で恐怖と苦痛を刻
まれながら巨人に
食われるより、せめて夢を見ながら機械
的に命を吸われていくほうがマシだと思う人も少なくないと
思います。
感情的には(食欲的には)もちろん「肉を育てるのではな
く作る」ことに抵抗はあります。
ただ物事を肯定するなら「なんとなく」の感情でも良いで
しょうけど、
「No」を突きつけるのならば理屈で考えて
いかなければならないかなと感じています。
簡単な言葉で、簡単な方法で考えることを止めてしまえば
それこそ人間足り得ない。
