阿波の名医 三宅 速(ミヤケ ハヤリ)
県立図書館にてタイトルの講座がありました。お話し下さったのは、吉野川病院 脳神経外科永廣 信治 徳島大学名誉教授でした。ピンクのスーツがよくお似合いの優しくお洒落な印象から、驚きました!柔道にずいぶんと!!!打ち込まれたお方とのこと。”阿波の名医”が日本で最初に、脳神経手術を行った方であり、症状から腫瘍の場所を割り出して、手術を行われたということでした。その説明に関連して、脳の機能局在について説明下さり、昨年、公認心理士の試験対策で丸暗記したところであり、あ、医学部の講義ってこんな感じなのかなあと想像しながら伺いました。とても分かりやすかったです。しかし、手術の話は、自分も身内も健康だけが取り柄。初めて伺う話は結構怖くてで、思わず自分の頭を押さえてしまいましたが、永廣先生は、今の手術は、硬い頭蓋骨をスイカみたいにぱかっと開けて、止血して、メスで腫瘍を削除、、、、当時はどんなふうに行ったのでしょうねえ、、、と。今までに1,700くらい手術されたそうで、ごくごく日常をお話し下さったの下さったですね。知らない世界を教えて頂けて、ほんと、勉強になりました。↑永廣先生のレジュメからお借りしました、阿波の名医 三宅 速 先生です。遠祖は岡山県、初代三宅文庵は、美馬市穴吹町で開業し、9代目で、そのご子息、博さん(1901-1994)の娘 比企寿美子さんが、おじい様の速さんについて記しておられるようです。(『引導を渡せる医者になれ』春秋社)永廣先生はお孫さん世代って感じで、速先生とは会っておられないけれど、会ったことある人と会ったことあるって感じで、歴史上の人物というほど離れておらず、高い専門性に加えて高い人間力をお持ちの永廣先生が語られる、名医 三宅 速 先生は、非常にリアリティある聞きごたえ十二分のお話でした。偉大な人物のリアルな人生を伺うと勇気と元気が湧いてくるものなのですね。不思議。お母さんが早く亡くなられ、おじさんが才を見込んで東京へ学問のため出されたようですが、家柄というか、家系全体に秀でた人物がおられ、遺伝子、プラス環境が整っての天才の誕生は発達心理学の教科書通り、天才は一夜にしてならずだなあと。また、交流関係が凄すぎて驚きでした。偉大な人同士。引き寄せってあるんですね。ミクリッツとビルロードいう教授(著名なお医者さんだそうです)に師事し、高い信頼を得たそうですが、ビルロードはピアノの名手で作曲家のブラームスの親友でいらっしゃったそうです。また、アインシュタインとの交流が深く、二人の出会いはマルセイユから日本に向かう船上で、速が、アインシュタインの診察をしたことがきっかけだったとのこと。日本に公演の為招聘されていたアインシュタインは速の自宅も訪問し、ちょうどその時、ドイツで購入したピアノが自宅に届き、アインシュタインが最初に弾いた?だなんて、眩すぎます。九州大学退官後の速先生は、次男さんの療養のため芦屋に住んでいましたが、疎開の為岡山に移ったところ、6月29日の岡山大空襲でお亡くなりになったとのことです。この春に岡山市に行きましたが、戦禍の写真をスーパーマーケットの入り口で拝見しまだまだ、戦後は終わっていないのでは、忘れてはいけないといった気持ちになりましたが、また、本日思いを新たにしまして、平和を願う気持ちを強くしました。美馬市 舞中島の 光泉寺に、アインシュタインの手紙を刻んだ墓碑があり、博さんとともにお眠りになっているとのこと。一度伺ってみたいなと思います。