この世には、解いてはならぬ、謎がある・・・。

うーん・・・深い!!

心の師なんです、自分の・・・。

今日は命日。

毎年しばらくは憂国忌に通っていました。


そこでは黛敏郎の話を聴いて・・・。


彼らが生きていたら今この日本をどう思うだろう。


三島が自決する前日に仲間たちと最後の晩餐を行った“末げん”。


以前にも紹介しました。


新橋駅のSL広場近くにあるのだけど、


ランチタイムの親子どんぶりは美味です。


ただし、結構待たされる・・・。


それを覚悟で一度お試しくだされ!!!

鎌倉文学館では12月の中旬あたりまで、


川端康成と三島由紀夫の書簡を多く展示しています。


三島の原稿は本当に美しいんです。


まるでモーツァルトの直筆譜と同じくらいに修正跡がない・・・。


あんな原稿、一度でいいから書いてみたい。

今日はまるで身動き取れませんでした。


楽しみにしていたコンサートにも


折角招待していただいたと言うのに行けずに涙。。。

心機一転、来週から頑張ります。

今週まだあと2日あるんだけどね・・・。

ストーカーから無数の電話攻撃で


かなりテンション下降気味。


これまで3回も警察には訴えたのだけど・・・。

神経やられっぱなしだな。

おやすみなさい。

作曲家の星野哲郎さんが亡くなりましたね。

エフエムから美空ひばりさんの代表曲「みだれ髪」が流れています。

ずっと昔、一応誰でも経験する大失恋をしたことがありました。

仕事を何日も休んで上野から汽車に乗って、とことことあてもない旅に出ました。

辿りついたところは福島県の平と言うところでした。

駅からどう行ったのかはもう覚えていないのだけれど、

多分タクシーに乗ったんだろうけど、ふらふらと塩谷岬へ。

名曲「みだれ髪」の舞台になったところですね。

もうあたりは真っ暗で、灯台がひとつ。

死に切れませんでした。

人間、そう簡単には死ねないもんです。

失恋するたびにみんな死んでたら世の中から人はいなくなっちゃいます(笑)

それから、ずぶ濡れの冷え切ったからだでまたふらふらと・・・。

平駅周辺にはたくさんのスナックの灯りがありました。

「アマデウス」。

ピンクの電光看板を見つけ、気がつけばボクはその扉を開けていました。

気のよさそうなオバちゃんは自分の姿にビックリしたけど、

カウンターに勧められ腰掛けました。

店内の暖房を強めにしてくれて

なんだかかなりたくさんの惣菜を並べてくれたことを覚えています。

なんてことはない、普通の小さなスナックなのですが、BGMはモーツァルト。

店の看板、「アマデウス」の由縁だったのでしょうね。

オバちゃんと話をしているうちに、ようやく自分は正気を取り戻し始めました。

それから3日間、平駅近くのホテルで眠り、夜になるとそのスナックへ。

ずっと不眠状態だったこともあり、オバちゃんはこっそり自分に「よく眠れるから」と

睡眠薬を渡してくれました。

勿論、「変なことに使っちゃ駄目よ」の一言をきつく添えられて。

福島には「三春」と言う地名があります。

三春駒が有名ですね。

「どうして三春って言うか知ってる?」

答えられずにいると、オバちゃんが教えてくれました。

「梅と桜と桃が一度に咲くからだよ」

遅い春がいっぺんにくるんだよってね。

なんだかこの話を聴いて思いっきり泣いたような気がします。

明日には東京に戻ろう

生きなきゃって思いました。

「オバちゃんの夢は?」

別れ際にそう尋ねました。

「そうねえ・・・」

しばらく考えていたけど、ポツリとこう言いました。

「生きてるうちに、この店の中で生のモーツァルトを聴きたい」

そしてたくさんの礼を言ってボクはその店をあとにしました。

ホテルに戻る途中、若い女性の声に呼び止められました。

街角に座る手相占いでした。

右手を差し出すと、彼女はしばらくその手をずっと見ていましたが、

「わからない」とボクに申し訳なさそうに言いました。

「明日もう一度来て欲しい」

彼女はそう言ったのだけど、「明日はもう東京に帰るから」とそれを断り、

しばらく彼女の身の上話を聴いてあげたような気がします。

おかしいですよね。

死のうと降り立った土地で、手相占いの身の上話聴いてるなんてね。

その半年後、再びボクは平の駅に立ちました。

自分の音楽仲間を連れて。

「アマデウス」に行くと、店内の椅子は全部外に出されていました。

カウンター5席だけの小さなお店に、お客さんがぎゅうぎゅう詰めになっていました。

狭いカウンターの中に入り、ボクたち4人はモーツァルトを弾きました。

アイネクライネナハトムジーク・・・

ディベルトメント・・・

オバちゃんからは自分で漬けたという漬物をいただきました。

泣いてましたね、オバちゃん・・・。

その後、オバちゃんは癌で入院するからと店を閉めたというお便りをいただきました。

今ではもうどこにいるかもわかりません。

生きているかどうかもわかりません。

20年が過ぎたんですね、あれから。

平駅も今では「いわき」駅になってしまいました。

源平の戦いで逃げ延びた平家の落人ゆかりの土地だからということで、

「平」と言うのだそうですが、

駅の名前も変わってしまい、なんだか寂しい限りです。

塩谷岬にはあれから一度行きました。

初めて灯台に登り、ずっと遠くに広がる海をしばらく眺めていました。

そこには「みだれ髪」の記念碑が立っていました。

近づくとセンサーが反応して

この曲のメロディが流れてくる優れものだったと記憶しています。

今でもまだあるのでしょうか。

いつかまた旅をしてみたいと思います。

ボクの好きな場所です。

長文になりました。

こんな話、誰にも聞かせたことなかったなあ(笑)

読んでくれてありがとう。