私の父は早くになくなった


50代に入ってすぐのこと


母とはずいぶん歳が離れていたので


その時の母はまだ30代後半だったか


わたしは当時大学生



父との思い出といえば


よくおしゃれな喫茶店に

つれていってくれたこと


モーニングなんかもよくいった


あとはお芝居や映画にもよくいった


父はある舞台女優さんが好きで


連れられて一度舞台をみにいったことがある


幼いわたしは意味もわからず


華やかで眩しいなぁ


くらいにしか感じなかったのだが


舞台終わり 無理やりに握手してこいと


大勢の前で背中をおされ


恥ずかしくてたまらなかったことを覚えている


また 映画といえば


チャップリンやガス燈.禁じられたあそび

.スティング.黒澤明


それらを繰り返し父と一緒にみた


それらのセリフや音楽は


まだ幼いわたしに強烈なインパクトを


与えた


普段テレビ番組を見ることを


許されていなかったが


父が許可する映画を見ることは


許されていた


そこで聞いた


誰かのことばというのは


例えそれがセリフであっても


人生において忘れられないことばに


なったりするものだ


よい意味でもよくない意味でも...


だからか


自分にとって納得のいくことばを


選ぶことに強迫観念みたいな


ものがある気がする


ピッタリな表現じゃなければ


言いたくないというような変なこだわり


また 父は本もたくさん買ってくれた


わたしは動物の図鑑や歴史まんがが


お気に入りで毎日繰り返し眺めていた  


そんな一方で父はとにかく怖い存在だった


いまだと虐待といってしまって違いないのだが


怒声と暴力をうけることも時々


それはいつはじまるかわからず


ふとした私の行動がきっかけで


はじまるものだった


だからわたしは父が怖くて怖くて


とにかく


怒らせないよう注意を払いながら過ごした


喫茶店でパフェやジュースなんかを


食べさせてくれ好きな本をたくさん


買ってくれていたという明るい色の記憶と


その恐ろしい時間の暗い色の記憶


この2種類の記憶しか


残っていない



ただ


最近になり思うのはそこにいたはずの母の


ことが全く思い出せないのだ


もしかしたらそこにはいなかったのか


母はその時いつもどこでなにをしていたのだろう


なにか声をかけられたり


慰められた記憶もない


唯一たまたま家にきていた祖母だけが


もうやめてあげて


と口を挟み父に怒鳴られ


逃げるように帰っていった後ろ姿を


覚えている


そんな経験からか


たとえ怒っている場面でなくても


大声をだす男性が今でも苦手だ


いまのどうしようもない自分が


できあがったのは


このときからなのかもしれない