MYSTORY①にも書きましたが、私の父はレンタルレコード店を経営していました。

 

音楽番組を見て聞きたい曲を父にリクエストすると、お店でカセットテープにダビングをして持って帰ってきてくれます。

歌詞カードのコピーもしてくれたので、歌詞を見ながら何度もリピートしていました。

 

スマホで音楽が聞ける時代でもなく、レンタルCDのお店も少なかったので、大好きな曲がその日のうちにフルバージョンで聞けることは本当に嬉しかったです。

 

あまり家にいなくて話す機会がなかった父との貴重なコミュニケーションでした。

 

 

父の部屋は壁一面にレコードと本が並んでいて、仕事が休みの日はタンスみたいな大きなスピーカーで音楽を聞きながら(今思えばだいぶ近所迷惑な音量だったと思う)、椅子にゆったりと座って本を読んでいました。

 

そのせいか私にとって音楽は生活の中に欠かせないもので、自分の家を建てるときには1階と2階の天井にスピーカーを埋め込んでもらいました。

 

父の影響だなーって感じます。

 

小学生の頃、週末になると休みの父に替わり、母と一緒にお店番に行くことがありました。

 

レコードをレンタル伝票と一緒にパッケージに入れてお客様へ渡す。

 

返却されたレコードを棚に戻す。

 

お客様に元気に挨拶をする。

 

母に「バックヤードにいていいよ」と言われても、音楽を聴きながら働く事が楽しくてお店に出て覚えています。

 

憧れの仕事は返却されたレコードをきれいに拭く事。

 

父がレコードを傷つけないように丁寧に扱っていたので、大人になったらやりたいと思っていました。

 

お店で流れる音楽を聴きながら仕事をするのはとても楽しかったです。

 

 

 

レコードの匂いなのか何なのかわからないけど、

お店の中は落ち着くいい匂いがするので大好きでした。

 

流れている音楽をバックヤードで聴きながら、お菓子を食べたり本を読んだりすることも特別な感じがしてワクワクしていたのを覚えています。

 

 

私は父のお店に行くことが大好きだったけど、母は違ったようで

「お店に連れて行って可哀想なことをした」とよく言っていました。

 

たぶん、週末に子どもが喜ぶようなところへ連れて行ってあげられない。

 

バックヤードで食事をさせて、相手をしてあげられなくてかわいそう。

 

そんなふうに思っていたのかもしれません。

 

「働かないと生活できない。」

 

母はそんな言葉をよく言っていました。

 

その言葉を聞く度に、私はいつも胸がキュッとなりました。

 

父への当たりもきつくて「お父さん頑張ってるからそんな事言わないで」って思っていました。

 

MY STORY③に続きます。