わたしの父は厳格な人でした。
頑固で堅物で、働き者でした。
母はそんな父のことを、一度で言い出したら誰の言うことも聞かない、
二度と変わらないんたから
放っときな〜
つまり、駄々っ子です、笑
このことは、社会に出てから嫌と言うほど経験しました。
家父長制の精神的な伝統です。
自民党の長老もおんなじでしょうから、一度いいだしたら取り付く島もない、です。
その割に、風見鶏もいますよね。
そうゆう人は、こどもの頃から身近にはいなかったのでよくわかりませんが、母は口から出まかせなところがありました。
ので、段々大きくなってからはスルーしてました。
そしたら、家を出てから会うたびに怒られました、笑
あんたは、あたしの話をぜんぜん聞いてくれない!と、笑
だって、まともにきいてられないんだもん、笑
小さな頃からずっと聞かされてて、大体、いつも同じようなことばかり話すんだもの、笑
まぁ、もう少し聞いてるふりでもいいから、相槌打っておけばよかったのかなぁ〜と、笑
その点は、父や兄はよく変なこと言うので、理解できなくて、ちゃんと聞いてました、笑
母を観てると、自分の感情が揺さぶられて辛かったのだと思います。
若い頃の職場の後輩の女子から、そんなことを言われたことがあって、はっ!っとしました、笑
あと、高校の頃、日本語の歌を聞くと辛くて、海外の音楽ばかり聴いてました、笑
何言ってるのかわからないのがよかったみたいです、笑
まぁ、家族って同居してると鬱陶しいのに、ずっと離れていると、寂しくなるような存在ですね。
なので、3年くらいの間に皆亡くなった時のロスト感はとても、辛くてたまりませんでした。
仕事してたので、気持ちを紛らわせることができたのですが、自死や事件、事故で家族を亡くした方の辛さは想像を絶するのがわかるし、先の戦争で親兄弟、子供や友人を亡くした方の辛さもよくわかります。
沖縄に住んでると、時々、その感覚が日常的に湧いてきます。
なので、最近は、あまり激戦地かガマや海辺の崖には近づきません。
感じやすいので。
この感情は、なかなか他人と話して共有することもなく、言葉にしても癒されることでもないので、お互い話題にはしません。
ナラティブセラピーや精神力動的アプローチでは積極的に話すことを重視しますが、パーソナルなことではなく、社会病理の記憶のセラピーは難しいですね。
話したくないという感情が働くので、ひとりで記憶の上書きをしていきながら、セルフケアするのが良さそうです。
いわゆる、PTSDの場合でも、ただ語るだけだと、感情の記憶を強化しながら堂々巡りの反芻をするのは得策ではなくて、眼球運動と合わせながら、辛い感情の記憶を消していくことをオススメします。
ちゃんと、セラピストにお願いしてもいいし、EMDRのテキストで学んだ試してみるのもいいでしょう。
基本は無理しない、自分を傷つけないで、快不快の感情にしたがって好きにすることです。
EMDRはかなり効果があって、呼吸法と合わせて、ひとりでもできます。
何度も深呼吸しただけでも、何度も眼球を動かしただけでも効果があれば、まだ大丈夫ですが、逆に全く効果もなく、繰り返せなければ、重症です。
そんなときは、無理せずに医師の診断と処方箋を得てください。
わたしも、怪我で入院して手術したときに睡眠障害で眠れず、鬱になったときは、主治医にお願いして、心療内科への紹介状を書いていただきました。
フィジカル、バイオのレベルの症状が酷くて辛いときは、心理療法的なセルフケアが効かないこともよくあるので、無理しないでください。
最低でも2、3日、
長くても2、3週間続く時は要注意です。
一度通院して、お薬を処方していただけば、再発しても安心です。
わたしは、一年過ぎても寛解してなくて、生活のリズムがすぐ崩れるので、まだ、お薬は欠かせません。
飲まなくて眠くなるときもあるし、飲んでも眠くならないときもあります。
そんなに強い薬でもないし、依存性もないので、ゆるく飲んでます。
長く寝るのはダイエットにもなってて、用事のない日は、昼まで寝てたり、夜中まで起きてたり、時々徹夜したり、夕方まで寝てることもあります。
睡眠やメンタルな健康の目安は、頭から働くかどうか?
冷静にものごとを考えられるか?
です。
生活のリズムも大切ですけど、わたしの場合は、いろんなことをしてるので、閃いたら寝ません。
寝てても起きます。
その代わり、脳が機能してないと感じたら、寝ます。
話が、テーマから逸れたので、これで終わりにします。
今日は、家族に焦点を当てて、その近接項からサイコセラピーとそのセルフケアが遠隔項になりましまが、次回は時間があるとき、本のご紹介をしたいと思います。





