この週末は京都でのんびりしてました。例年だと桜が咲いてライトアップとかで綺麗に見える時期
なんだろうけど、例年と比べて寒いため、枝垂れ桜も花もつけずに枝垂れたまま。
そんな京都でひとつ違和感を感じたことがありました。
ひとつの交際点の4角で大学生ぐらいの人達が今回の震災の募金活動をやっていました。
それ自体は素晴らしいことだと思うし、特に活動はいいことだと思いますが、
まず違和感があったのが募金活動をしている人数の多さ。
ぱっと見た感じ、1つの場所に4~5人いて、それが4隅にいるわけだから約20人近くの人が募金活動を
やっていることになる。そもそも募金なんて、今ネットでもテレビでも電話でもいろんなチャネルがあって、
本当に募金をしようとおもっている人はすでにやってるだろうし、20人の人をかけて、ましては京都という
今回の震災に対して危機感が薄い(と思われる)場所でやることでどれだけの効果があるのだろうか?
次に違和感があったのが、訴えかける言葉。
「あの津波の被害をTVでご覧になられたと思います。被災者の方に是非、よろしくお願いします」
これも、わかる。わかるが彼らはそこお金で少しでも被災者の方の役に立てばと
思っているのだろうが、どうも違和感がある。
この違和感の元はおそらく 「なにがしたいのかがわからず、ただ募金活動をやっているのでは」
ということだと思う。
自分の会社でも東北支店がある。取引先の人も家の流されたりしたけど、
それでも先週から業務を初めて、お客さんからの受注をとろうと必死だ。
うちの部署の人は東北支店の立て直しに来週からしばらく東北に行く。
新聞記者の知り合いはやはり東北に行って取材を行う。
自分も停電が続く中だが、電力があるタイミングみて客先訪問し、設備投資の打ち合わせを行う。
今大事なのは、なによりも、日常に暮らせる人達は日常の生活を。
不謹慎と思って飲みにいくのを控える必要はない。精一杯笑って、精一杯仕事をして、
世の中の役に立てばいい。それが結果的に被災者の方に協力することになり、
日本の復興を早める。