"水平社"は奈良から生まれました。奈良から京都市の北区のスラムの"千北"に移り"部落解放同盟 千本支部''と名称を変え、日本各地に広まり、千北の地域の者達は地方公務員となり、水道局など清掃員など学校の事務員などなど…働く所が出来だして住むのは市営住宅が建設されて"衣・食・住"が、手に出来たんです。ですから京都の部落地域の者達は地方公務員に成れる様に成りだした。
【水平社】とは建設の道具を例えて名称が決まったらしいです。右左の右側の端が天皇陛下で、左側が、部落民として、真ん中が、一般社会人とした考え方なんです。
