太道-奥旨塾-が、何故に、どの様に生まれたのか?
言えない内容が有りますが、子供の一番、最初の弟子だから述べておられる。技ともに私に言われ教えを、された事が、多く存在しています。

不動禅の演舞に、横に腕をやり、目突きの様な型が有ります。
又、不動禅のお経も存在します。

本来は奥旨塾(京都支部)とは、【第32世 不動禅少林寺拳法 京都支部→奥旨塾】種川臥龍(霊雲臥龍)の弟子で京都支部として認められたのが、奥旨塾の発祥で同時に私が子供の一番弟子として入門したのです。

ですから私は太道が生まれる前に礼儀作法と技を稽古して、体も心も【中井道仁】先生の稽古に寄り奥旨塾の全てを知り過ぎている事に成ります。太道が生まれてからは先生から技を習った事は無いのです。先生からすれば私は太道-奥旨塾を教える必要が無いから互いに、分派した訳です。

同じ基礎(奥旨塾)で、あるが太道は競技化されました。私は、【Jimmu-神武-】奥旨塾のOBとして実践の道へ分派した訳で、簡単な説明では、裏太道と解釈されれば分かりやすいと思います。