【エンセン井上】→寝技のパイオニア

寝技のパイオニアと言われたエンセン井上と出逢ったのが三木道三が売れ出した時期で木屋町の屋外バーを若い者が経営した時に、通りがかった時に入り曲はヒップホップが鳴り響かせた屋台?バーで、私は現役の時で、そこで遊んでたら、たまたま、エンセン井上も通りがかりで店内に入って来た。僕は寝技に興味が、あまり無いが名前は知っていた。又、木屋町から歩いて行ける処にエンセン井上が経営していたジムが有りました。

そこで何でか?分からんが話が、盛り上がり、三木道三に電話して、大阪から京都に来いや!
紹介したい男が居るからと言ったら約1時間くらいで木屋町に来て、その屋台バーで、エンセン井上を三木道三に紹介した。

エンセン井上のジムに何度か行った時があり。
選手を稽古して指導している時に、待ってる間が暇で、仕方が無いから何個か吊るしてあったサンドバッグを待ってる間に使った。

『基本的に奥旨塾にはサンドバッグでの稽古は存在しない為、初めてサンドバッグを触った』

最初の印象はサンドバッグとは、こんなに重たく固くてヘビー級ようだなと思ったんですが奥旨塾は体重を克服する古武術である為、少しだけ奥旨塾の技で使ってみた。

なるほど、これほど重たいのなら基礎技で使用した。軽く身体ならしに、トントンと軽く打撃した後、押し蹴りを80%くらいの力で体重を乗せて蹴ったら、サンドバッグが、力、体重により動き、その揺れの重たさにより、倍ほどの戻って来た瞬間、肘を斜めからサンドバッグの中心に力を入れないで下に斜めに下すと、バン!と大きな音が鳴り、周りの人達が僕の方を振り向いた。

『中量級の身体では有り得ない音なので…』

するとエンセン井上が来て、(貴方やるね!)と言った。奥旨塾の技の基礎だから難しく僕は感じ無かった。振り子の原理だから簡単ですから…

エンセン井上には何度かライブに誘っている。
又、一度だけ『太道』の試合に招待した事が有りますが、地下格闘技など一緒に、した事は無い。yutube で、噂が流れている様だが一切、その様なシノギなどしては、いないのが事実で少なくとも私は関与しては、いない。

確かに一時期、エンセン井上と仲良くしていたころが有ったのは間違い無いが…

エンセン井上は、もう亡くなられた【山本キット】を育てた様だが、私は山本キット氏と会った事は無いんだが、一時期、エンセン井上は、山本キット氏に対し、怒っていた時がある。
その際にネットで山本キット氏に対し好きでは無いと書き込みしたのは確かでも有りますが、その後にエンセン井上が和解した様な言葉を言い出したので書き込みの削除を、しようとしたがアカウントのパスワードが分からなく削除が出来ずにいた事が、いまだに、その文面がネット内に書き込みが、残っていたら…間に受け無いで頂きたい。金銭面での出来事か?山本キット氏の弟子と話した事がある。

その弟子が言うにはエンセン井上の会長は、格闘家で無くなりビジネスマンに成ったと生前に述べていた様だ…その弟子の方から聞いた時にはエンセン井上の京都ジムが無くなる頃でした。エンセン井上とも会わなく成り出していた頃で有ります。

エンセン井上は山本キット氏と云う弟子を出会いが有り幸せだったと私からは、その様に感じてます。