鎮座地:新潟県上越市北城町

御祭神:天照大神、高皇産霊尊、神皇産霊尊、豊受姫命、市杵嶌姫命、

           加具土命、大物主命、宇賀魂命、菅原道真

旧社格:村社

参拝日:平成28年3月18日、令和3年3月10日

 

 創建年月不詳であるが、下総国結城(結城市)の城主結城朝光公が居城鎮護のため建立したと伝えられる。結城家は徳川家康の次男である松平秀康が継ぎ、越前国北ノ庄(福井市)城主となった際に、神社も北ノ庄に移った。寛永元年(1624年)秀康公の孫、松平光長公が高田入封の際に当地に遷座した。

 寛文5年(1665年)の高田大地震で倒壊し、同12年(1672年)城の鬼門にあたる現在地に再建し、高田城鬼門鎮護の産土神社と定められた。明和3年(1766年)の関川大洪水により流出、明治26年(1893年)の火災により焼失、同29年(1896年)再建。昭和15年(1940年)本殿新築、同50年(1975年)拝殿改築を経て、現在に至る。明治3年(1870年)旧高田藩の藩社、同4年旧高田県の県社と改め、明治5年(1872年)村社に列した。
 明治16年の神社明細帳によれば、御祭神は上記の通り、天照大神ほか八柱の記載があるが、社頭の由緒によれば、天照大神ほか七神とある。境内社である伊都岐島弁天社の由緒によれば、伊都岐島姫命が祀られており、神明宮の本殿に奉斎され、70年余を経過していたが、平成11年(1999年)に氏子、崇敬者の特段の理解と協力により境内末社として建立されたとあることから、神明宮には市杵嶌姫命を除く八柱が祀られていると思ったが、拝殿に掲げられた御祭神の案内板には宇賀魂命を除く八柱となっている。境内には稲荷社もあるので、宇賀魂命はこちらに遷ったのだろうか。

 

社号標、一の鳥居

 

二の鳥居・拝殿

 

境内末社 伊都岐島弁天社


 令和3年3月、5年振りに参拝し、御朱印を戴きました。印が横(90°曲がって)になっていました。お正月に頒布していたというA4サイズの御札(と言ってよいのでしょうか?)を戴きました。ありがとうございました。

 

戴いた御札(何と呼ぶのだろう)

 

 

御朱印

 

【更新履歴】

2018年3月16日 初稿

2021年5月27日 一部記事差替え、記事、御朱印、画像追加