この十数年間、観てきたこと。
殆どの大人が大なり小なり罪悪感を持たされてきたこと。それは、ルールに従った結果、そうならざるを得ない状況下に置かれていたこと。その中でも何も知らされず忙しくさせられていて疑いを持ったとしても、その流れの中に身を投じなければならなかった人間もいる。何かを知っていたとしても全部が全部を知らされていたとは限らない。
問題は、現実を知った瞬間からその後にどう動いたかと言うことだと思う。例えすぐにではなくても、そのタイミングでどう変化したかと言うことだと思う。
様々な理不尽な環境下においても、その中で人間を中心に考えて行動したかと言うことだと思う。
私が目にした現実は、例え結果的に許されない行為だったとしても、改善のチャンスを与えられた時から、名誉挽回のために動いていた人達がいたと言うこと。個人的には個人レベルでそう感じた。全て「個人」だった。
おそらく、想像するに、その職業に就いた時には、例えば人を助ける職業であれば、人を助けられずにその時の状況下において人を傷つけてしまった。最悪の状況下では人の命を奪うことになってしまったのかもしれない。
例えそうだったとしても、改善のチャンスをこれから人間が平穏無事に生きられるようにするためにどのように行動したかと言うことだと思う。
罪悪感に対しての程度の差はあれ、これから人間は生きてゆかなければならない。
その為には生きられるようにしなければならないと言うこと、それだけだと思う。
全体像に気づいていない人が諦めているかもしれない、そういう人も居るかもしれないと思ったので記録します。
おそらく世界中の全ての大人が大なり小なり罪悪感を持たざるを得ない状況下にあったことを知って下さい。