少なくとも私と同じような環境下に置かれている方々が、この世界の何処かには居るのだと思います。
私のような環境下に置かれていれば、実際に私の内面を聴いてくださる方の存在は、現段階では皆無です。

その為に起き得ることは、私に対して、「この人はまだ歩いているから大丈夫」「まだブログで訴えているから大丈夫」などと、短絡的な解釈に至る方々が居るであろうことが想像出来ることです。

私は、ここ二十数年の間に、そのように思える経験を何回もしています。実際にそのような言葉を発した方々も存在していました。

私は、その度に想うことがありました。
「いってきます」の言葉を最期にこの世を自ら去っていった方々の存在を。

そこまでの状況になるまで、身近な人達にさえその真意を伝えることが困難だったのかもしれないと思います。
例え、誰かが話を聴いてくれたとしても、同じ様な経験をした人でなければ共感を得られないようなことだったのかもしれません。それだけ、内面的に追い詰められて孤独だったのだと思います。

私は、人間が人間である以上、これらの悲劇は回避できるのではないかと個人的には思っています。しかし、それには、全ての人にある程度の「心の余裕」「精神的な余裕」が必要になってくるのではないかと思います。

そのような生活が普通に出来るようになることが、今の社会には必要なことではないでしょうか。
その為に出来ることを考えることが最優先なのではないかと思います。