必要としている人に必要としている物が手に入らなければ、いくら「良いものだ」という商品が作られたとしても、その商品が売れることはないと思います。

それは、物だけではなく、有っても無くても何も変わらない状況に陥ることと同じで、その労力と時間は無駄になることと同じだと思います。そのことにより、多大な費用が掛かれば、尚更のこと損失は大きなものになるのではないかと思います。

高額であっても安価であっても、昔からある商品には、それなりの魅力と庶民の信頼があるからだと思います。それが、今現在でも店頭に並んでいるのは、その商品の存在の「誇り」でもあると思います。

必要としている人がいる限り、必要な物は必要で、困窮者の問題解決などにおいても同じことだと思います。例え、一人の困窮者の問題であっても、それを解決できるシステムが無ければ、いざ、大勢の需要が必要となったときに、そのシステムが存在しないとなれば、誰もが、供給源にたどり着けないことになってしまうと思います。そこで「良いものだ」とされているシステムがあったとしても、それが困窮者にとっての必要なもの(問題解決)でなければ、存在しないことと同じになってしまうと思います。

昔から存在する誰からも愛される商品には、物を作る人と、それを販売する人との間に大きな信頼関係が存在しているからだと思います。

必要としているときに、本当に必要としているものにたどり着けるということは、それらに関わっている方々の長年の信頼関係の上に成り立っているのだと、物の需要と供給から考えさせられた朝でした。