「安心する」「大丈夫」という感覚は、
当人が思ったり、感じたりすることで、
「安心して」「大丈夫よ」という言葉は
現実に向き合って、その現状に対して安心できる根拠と要素が示されなければ、人は安心することは出来ないと思う。
人は、それを求めて様々な解決方法を考えたり、新たな方法を見い出したりするのではないでしょうか。それは人間だからこそ出来ることで、
現実に向き合うという「核心部分」は問題解決において、外せないことだと思う。
それがなければ、人間はこれまでどうやって生きてきたのだろうかと思う。
これからどうやって生きてゆくのだろうかと日々考える…
自分が経験したことだけが真実で、人が経験したことが無かったことにはならない。
もし、そうであれば、広い意味で考えるとほとんどのことが無かったことになるのではないでしょうか。
極論と捉えられるかもしれませんが、自分の経験からそう思います。