1990117日(木)

                     ガード明けはひどく眠かったけれど、いつも通りの冷たい水で顔を洗い髭を剃ったら少しはさっぱりした。

                     1時間ほど体を慣らしてからPC(パルクール・ドゥ・コンバッタン=障害走)のテストが始まった。アルファベット順に並び、僕はO(オ)なので12番目だった。いつもよりもアッという間に終わったという感じがした。クタクタだったけれど、最後のテストが終わったという事もあり、僕はとても嬉しかった。タイムはと言うと4分を切ることは出来なかったけれど、終わりは終わりだ。

                     各連隊ごとに帰隊予定が出ていたけれど、僕ら第6外人工兵連隊だけは何も指示が無くひどく嫌な感じがした。どうなっているのか全く見当が付かず、僕らは不思議に思った・・・。

 

1990118日(金)

                     午前中は衣嚢に衣類などを詰めて部屋の掃除などをして過ごした。詳しい事はわからないけれど、僕たち第6外人工兵連隊の連中はここ、第4外人連隊に残ると言うことだ。第2外人歩兵連隊の何人かもだ。まったくどうなっているんだ???

 

1990119日(土)

                     午前中は「伍長訓練」の終了式があった。成績発表があり、僕は25人中22番目というあまりパッとしない成績だった。しかしどうにか卒業出来たのだ。そのあと第4外人連隊に残る連中が集められ、レイ曹長の話を聞いた。僕らは月曜日にはすぐ新兵訓練中隊に配属となり、数ヶ月新兵を訓練した後、すぐに今度はなんと軍曹訓練に送られると言う事だ。経験の浅い僕なのに、とんでもない事になった。とても憂鬱になった。

                     午後は普通通り外出が出来るとの事だったので、自分の連隊、すなわち第6外人工兵連隊まで荷物を取りに行ったのだけれど、中隊は湾岸戦争の真っ最中なのだ!中隊の建物は鍵がかかって閉められており、せっかく来たのに無駄足であった。その足でアヴィニョンに行き仕方が無いので私服を手に入れて、今夜はここアヴィニョンにいる事にした・・・。

 

1990120日(日)

                     夕方、カステルノダリーに戻り、バーで少し飲んでレストランで夕食を取ってから基地へ戻った。明日はカステルノダリー郊外にある新しい方の基地Quartier D’Anjou(ダンジュー駐屯地)へ出頭して新兵訓練中隊に配属になる。

いよいよ明日から新兵訓練伍長として新兵を教える事になるのだ。

 

 

                                                                                                         読んでくれた人ありがとう