道端にカセットテープが落ちていた。ほんの十数年前までなら特にふしぎな光景でもなく、当たり前のように落ちていて当たり前のように誰しもが見て見ぬふりをするような何の変哲もないカセットテープだった。
だがスマートフォンが発達し、DVDやハードディスクやブルーレイなんてものがあるこの時代に道端にカセットテープが落ちているのは明らかに不自然であり、私がそれを手に取ってしまうのも自然な光景と言えた。
もちろん私はそのカセットテープ自体が欲しかったのではなく、その中身が知りたかったのである。
カセットテープのタイトルには「想い出」とだけ書いてある。
確か実家にカセットデッキが置いてあって、まだ壊れていなければ再生できるはずだ。
すぐに実家に連絡してカセットデッキを送ってもらうことにした。
ふと、このカセットテープの事を考える。
このカセットテープはいつごろ録ったものなのだろうか。
普通に考えればこうだ、大昔に録ったカセットテープがいらなくなりゴミに出して誰かに見られるのも嫌なので道に捨てた。
しかし、こうも考えられる。つい最近意図的にカセットテープに録音して、それを誰かに聴かせるために道端に置いたのだとしたら?
そう考えるとこのカセットテープを聴くのが怖かった。
だか、そう考えると余計に中身が聴いてみたくて仕方なくなってしまった。人間とは好奇心の強い生き物なのだ。
数日後実家からカセットデッキが郵送されてきた。
この数日間はこのカセットテープの事を常に考えていた。
まさか呪いのテープなのではないか、聴いたら一週間以内に他の人に聴かせないと死んでしまうのではないか、カセットデッキから幽霊が出てくるかも、いやいやそんな訳はない。そもそもこのカセットテープがまだ聴けるのかどうかもわからない。それに何も録音せずに古いテープをイタズラ目的で道端に捨てただけなのかもしれない。しかし「想い出」とは・・・?
まず人のプライバシーの入ったものを勝手に聴いたりしたら法律違反にならないだろうか?この歳で犯罪者はいやだ。でもでも持ち主が落としたものを聴いて本人への手掛かりを探して警察に届ける、というのも一般市民の義務ではないか?そうだ、そうに違いない。ウム。
結局私はここ数日このカセットテープのおかげで色々楽しい思いをさせてもらったような気がする。
それはさておきカセットデッキが届きカセットテープがここにある。聴くのが自然な流れといえよう。ウム。
私は神妙な手つきでカセットテープをカセットデッキに入れ、神妙な面持ちで再生ボタンを押した。
「初めまして、これを聴いてる人。」
若い女の声だった。
「これをあなたが聴いてる時、私はもうこの世にはいないと思います。」
え・・・この世にいない?
「私は今、癌で入院しています。大変難しい手術をしなければ余命1年と言われました。そして明日が手術の日です。この手術は難しいそうで、上手くいかない可能性が高いと医者から直接言われてしまいました。」
このカセットテープは遺書のようなつもりで録ったのだろうか。興味本位で聴いたことを少し反省した。
「きっとこれを拾って聴いたあなたは興味本位で拾って聴いたのだと思います。」
ギクリとした。
「でも私はその好奇心のおかげで見ず知らずのあなたに私が生きた証を伝えることが出来るのですから、感謝します。」
人間とは好奇心の塊なのだ。
「私はこのカセットテープに今まであった楽しいことだけを録音したいと思います。もちろん今まで短い人生ですが生きてきて、いやなこともたくさんあったけれど、それでもこのテープには楽しかったことだけを録音して見ず知らずの誰かの想い出の中で生きたいと思います。そう思ってこのテープを録りました。勝手なお願いですが、もしこのテープをここまで聴いてくれたのなら私の些細な幸せな出来事しか語れませんが最後まで聴いて、あなたの想い出の1ページとして記憶してください。」
そのカセットテープにはきっと年端もいかない少女の子供の頃から今までの≪よかったこと≫がつらつらと語られていた。
子供の頃に道に迷った時に見知らぬ人に親切にしてもらえたこと、隣の男の子に消しゴムを拾ってもらったこと、初恋の男の子に生まれて初めて作ったチョコレートを渡したこと、部活の大会で2回戦まで進めたこと、受験に受かったこと、はじめてのキスをしたこと。
そんな些細な幸せの記憶が楽しそうに語られていた。
テープの45分のうちほとんどが幸せな記憶の断片だった。
最後にこう括られていた。
「最後に一番嬉しかったこと、それはこの風船につけて飛ばしたカセットテープをあなたが最後まで聴いてくれたこと。本当にありがとうございました。短かったけど私は幸せな人生だったと思います。さようなら。」
聴き終わった後なぜか目から涙が出て止まらなかった。
一人の少女の人生が詰まったこのカセットテープを私は生涯大切に保管して行こうと思う。
一人の少女の人生の幸せな想い出を生涯私の想い出として刻んで行こうと思う。
きっとこの少女の手術は無事に成功し退院して、自分のあられもない過去を語ったこのカセットテープを黒歴史として必死で記憶から消そうとするはずだ。でも絶対に消えない想い出。
私はそんな少女の大人になった姿を考えて少し笑った。
秋の空は気持ちよく晴れている。
この風船もカセットテープ付きじゃ、そう遠くには飛ばないだろう。
近所の大きな病院をいくつか当たってみるのもいいかもしれない。
きっとそこには元気に幸せそうな顔をした少女がいるはずだ。
私は玄関から外に出て空気を思い切り吸った。