「ひかりはきっとさびしくて死んだのね。」
ある春の陽気の中、大学のカフェで楓とお茶をしていると、ふと思い出したようにそんな話をした。
「ひかり?誰のこと?なに?」
僕は突然の話にすこし困惑した。
「小学生のころにひかりって友達がいてね。ちょうどこんな春の暖かい日に死んだのよ。」
すこしぎょっとした。なぜ何もない平和な春の日にいきなりそんな話を、と思わなくもなかったが続きを聞いてみることにした。
「その子はなんで死んだの?友達?」
「うん、友達よ。ひかりはね、たぶんいじめられてたんだと思うの。すこし変わった子でね、ちょっとボヤッとした女の子だったのよ。見た目は結構かわいいんだけど、すこしだけ頭のネジがズレてるというか。だから周りの子たちに疎まれていじめられてたのね。」
「そうなのか、かわいそうな子だね。いじめを苦に自殺...とか?」
楓はすこし黙ってから首を振る。
「んーん、違うわね。あれは『殺人』よ」
「え」
僕はまたぎょっとする。さっきよりもさらに。
「...殺されたの?いじめがエスカレートして?」
「んー、ちょっと違うわね。」
すこし言いづらそうな雰囲気を感じたので、話を促してみることにした。
「じゃあその子はどうして死んでしまったの?」
「...。」
楓は喋りにくそうだった。
「そうね、あまり喋りたくはないけれど、もう時間も経ったことだしあなたになら話してもいいかもね。」
僕は楓の信頼がちょっとうれしかった。
ひかりはね、いじめられてたんだと思う。女子にも男子にもすこしボーッとしたところがあったり、顔が綺麗だったことも女子は気に食わなかったのかもしれないわね。私は知らないけど隠れて好きだった男子もいたんじゃないかしら。ほら、男の子って大人しくて守ってあげたくなるような女の子のこと好きでしょ?とにかくひかりはいじめられてたのよ。でも大半が些細な大したことのないいじめよ。こういうと正義感の強い人は「いじめに大小なんてない!」なんて怒り出すかもしれないけど、それは置いておいて話を聞いてね。
ひかりに対するいじめは、いじめとはいってもランドセルを隠したり、靴を隠したり、帰り途中に背中をこづいたりとかそんな子供らしい些細なものだったのよ。もしかしたら本人もいじめをいじめと気がついていなかったんじゃないかしら。それでね、ある日いじめっ子とひかりが遊んでいるとーーーーーいじめっ子と遊ぶなんてヘン!と思った?でもね、そういうものなのよ。いじめながらも遊んだりするものなのよ子供って。ヘンよね。
いじめっ子とひかりが遊んでいる時にいじめっ子たちが池にある草を使って大きな舟を作ったのよ。大きなといっても子供にとって大きなってくらいのものよ。だいたい1メートルくらいのね。たぶんいじめっ子たちもいじめるつもりじゃなかったと思うのよ。ただ、子供っぽい好奇心ってあるじゃない?それだけなのよ。ーーーーこれって人が乗っても浮くんだろうか?ってね。そこで白羽の矢が立ったのが体も小さめだったひかりよ。ひかりもひかりでボーッとしてる子だからね、あまり嫌がりもせず一緒に遊んでくれてると思って楽しくなってその草舟にのったのよ。そしてみんなで一生懸命押したわ。すると池の岸から離れて、ちゃんとひかりを乗せたまま浮いたのよ。それは子供たちだからみんなわーっ!とはしゃいでみんなで成し遂げた達成感があったわね。でもひかりはその段階ですこし怖くなったみたいで、なんだか笑いながらも不安な顔をしてたのをしっかり覚えているわ。
その次の瞬間、春風が吹いたの。ビュオォーー!って。すると小さな子供を乗せた草の舟はあっというまに池の真ん中の方まで流されていって、周りの子供たちもみんな止めようと必死だったのだけれど、もう子供にはどうすることもできなかったわね。ひかりを乗せた舟は一気に小さなお人形さんくらいの大きさになったのよ。ひかりは泣いてなかったわ。遠目だけど、どこか寂しそうな顔をしていたと思う。子供たちは焦ったわね。そういう時子供ってどうすると思う?かくれんぼでどうしても見つからない子供がいた時にどうする?あなたにも経験ない?『見て見ぬふりをしてなかったことにして帰るのよ。』子供たちは自分たちがしてしまったこと、それがバレたら大人に怒られることを知ってるからなかったことにするのよね。みんな池の中腹に浮かぶひかりをそのままにして帰ったのよ。
信じられないって顔してるわね。でも子供って本当にそういうものよ。次の日になれば何事もなかったかのようにリセットされて、ひかりは学校に普通にいて、またみんなで些細ないじめをするの。そう思っていたわ。でも違った。ひかりは学校に来なかったの。次の日も次の日もその次の日も。結局卒業式までひかりは学校には来なかったわ。
でも不思議よね。普通子供が一人いなくなったらひかりの両親や大人たちや先生や警察が騒ぐはずなのに。まったくそういう気配がなかったのよ。ひかりは消えたの。この世界から。
「これで私の話はおわりよ。この後も何もなかったわ。」
「.....。」
僕は何も言えなかった。楓が冗談を言っているようにも見えなかったし、かと言って何と言っていいのかもわからなかった。エイプリルフールもおわってる。
「私はひかりをなんとしてでも助けるべきだった。すぐに家に帰って親に助けてもらうべきだった。いいえ違うわね、本当にするべきだったのはひかりを草舟に乗せるのを何としてでも止めるべきだったのよ。でもそれができなかった。」
「.....。」
「春になるとひかりのさびしそうな顔を思い出すのよ。」
そう言い終えると楓は席を立ってスタスタと歩いて行ってしまった。
僕は追うことができなかった。