ビックリしました。
でも、次に出たのは、あぁ~
というため息           した
 


80年代の「キング・オブ・ポップ」

20世紀最大のスター

至上最高の大衆音楽家


などなど各紙で表現されています。


MTVが始まり・・・
今や当たり前となった、音楽をイメージした映像を「米・英ヒットチャート」などで見て
「やっぱ、世界は違うバイ」
と育った世代なので、特にファンでなくてもしんみり くるものがあります。

50歳

私の師匠と同じ歳です。
原監督もです。
小室哲哉もです。


早すぎますね。

「ウィ・アー・ザ・ワールド」の活動なんかは、子ども心にも感動したものです。
(「バンド・エイド」が先でしたが・・・)
音楽の力で、たくさんの人を動かすことができるんだぁって。



ヤフードーム(当時は福岡ドームでしたが)にも来ました。
当時、ドームを訪れたり、縁のある著名人の手型を直接取った、原寸大のモニュメントが、シーホークホテルとドームのつながったスペースに展示してありました。「暖手」の広場です。

「誰でも気軽にふれ合える」ように握手するような感じで。
触られる回数が多い手型ほどピカピカになります。ブロンズ像なので
当然、マイケルのはピカピカでした。(最近見ていないですけど)

ドームでの最初のコンサートは「マイケル・ジャクソン」でした。ドームの自主興行でした。
丁度、少年に対する性的虐待疑惑が出た当初で、中止か延期か・・・などのすったもんだがあり、マスコミからの問い合わせが。
毎日変わる情報をもらい、それを「オウム返し」のように答えることしかできませんでした。

初めて、海外のメディアからの取材対応をしました。
・・・と言っても私は、リストを作ったり、突然かかってくる電話を取り次いだりでしたが

マイケルサイドの
「今回のツアーの取材、カメラはムービーもスチールも〇曲目と〇曲目のみ(なんか文句あっかぁ!?みたいな)という、決め事をメディアに伝え


「〇曲目が終わった時点で、案内します。」
お客さんの邪魔にならないよう、暗がりを懐中電灯を持って、誘導しました。

コンサートの取材ってこんな風なんだぁ・・・と初めて知ったのがマイケル・ジャクソンのコンサート

海外メディアって、事がスムーズに進まないとすぐまくし立てます。(母国語で)
なんだか、怖かったですポロッ
(今なら怖くないんだろうけど・・・たぶん今なら「ちょっと待て!今お前が怪しい者じゃないか、届けが事前に出ているか調べている!待てないんっだったら、中には入れねぇ。どうする!!っていうんだろうなぁ・・・)



いろいろ思い出してきました
泣


本当に、ネバーランドが、世界中の子どもたちのためになるような場所になってたらよかったのにね。

マイケルが、逆に世界中の子どもたちのところへ行って、力を貸してくれたらよかったのにね。



天使ご冥福をお祈りいたします。