祖母が8月8日88歳で亡くなりました。。。
私のルーツである祖父母がこれで4人とも天国に行ってしまいました。
祖母は10数年前から認知症で、施設にお世話になっていました。
ここ2年くらい、会っても私の事もわからない…
会っても切なくなるだけで、子供もいて…とか言って会いに行ってませんでした。
亡くなった時も、みんな急いで向かったけれど、あまりにも急だったので
誰も立ち会う事ができませんでした。
急いで向かっている最中に私も電話で連絡を受けて、
「おばあちゃんごめん。。。」しか言葉がでませんでした。
おばあちゃんは、「優しい」という一言しか出ないくらい、
優しい人でした。怒っているおばあちゃんを見たことがありません。
いつも穏やかで、控えめで、とにかく優しくて。。。
でも、身長が166センチもありましたから、若い頃はとても目立ってて。
色白で有名だったようです。
亭主関白を絵に書いたような、おじいちゃんと連れ添って、
文句も言わずに。おじいちゃんが亡くなった時、49日間おばあちゃんの
家に泊まりました。これからは、おじいちゃんから解放されて、
おばあちゃん楽しく過ごして行ったらいいのに…。って思ってたら、
あっという間に、認知症が始まりました。。。
大きな工場の3階が住まいになっていて、民家と違って、会社の人間が
いなくなると、おばあちゃんは一人になってしまうので、グループホームに
お世話になる事になりました。グループホームに入った頃は、まだ私の
事もわかっていて、でも、わからない事もあったりして。
最初は、お金を持たせてもらえない事が、とっても悲しかったみたいで、
泣いているおばあちゃんを見て、持っていた5,000円を渡すと、とっても
喜んでいました。でも、お母さんに言うと、施設の方に迷惑をかけるから、
と叱られました。私の家に泊まりに来たとき、体を洗ってあげて、女なのに
ヒゲが生えていたから、剃ってあげたら、とっても喜んでいました。
って、私がおばあちゃんにしてあげられた事なんて、数えるほどでした。
長男長女の父母の間に産まれ、兄がいたとはいえ、女の子の初孫として本当に祖父母には
可愛がってもらいました。4人とも本当に大好きでした。
今回、祖母を送り出すにあたって、始めて家族葬で執り行いました。
父は弟と二人兄弟、なので、叔父家族と私たち、そして、父方の親戚が
数名来ただけでしたが、とても和やかでした。泣いたり笑ったり。。。
昔話をしたり。。。いとこにお嫁さんが来て、子供ができて、家族が増えて。。。
悲しいけれど、家族の大切さを改めて感じることができました。

結婚式のお色直しのエスコートを祖母二人にしてもらいました。
おばあちゃんたちの孫に産まれて本当に幸せです。
心からありがとう。天国でおじいちゃんに会えたかな。。。