5日前は終戦記念日でしたね。
この時期、心がしんどいですね。
今日やっと落ち着き、ブログ書いてます。
政権が高市早苗内閣に代わってからというもの。
我々の暮らしに関係のない法律ができたかと思えば、片一方で右傾化て言うんですか、言葉を選ばず言ってしまえば軍国主義化。これが進んでます。
国は経済が停滞したり、政府批判が増えたりすると、軍備を拡大する方向に舵を切りがちです。
よその国に喧嘩を吹っかけたり、いらん事言ってちょっかいを出してみたりするもんなんです。
そうして自国民の注目を外に逸らします。
アメリカがいい例です。ロシアも、イスラエルも。為政者の権力維持のために外に戦争を仕掛けたりします。
日本は憲法で戦争に対し厳しく規制をかけておりますが、その憲法すら変えようとしているのが現政権であります。
かつての理性を留めていた自民党ではないですね。
なんという浅薄さでしょうか。
自治体は自分の地域に暮らしている若者の名簿を自衛隊に提供したりもしているそうです。なんという恐ろしいことを。徴兵制の復活を思わせる恐ろしさ。
日本は食料自給率が低く、資源に乏しい国です。だから、輸入に頼るしかないから、戦争なんてもとよりナンセンス。
戦争になると輸入に制限がかかるでしょ?
当然、兵器がどうとか軍隊がどうとかの前に食べ物無くて、モノが無くて、国が保ちません。
なのにそれでも、戦争好きな方々がいて、やれ核兵器を保有だの、やれ軍拡だのと、うるさく言うひとたちが一定数います。
食い物も、モノを作る資源も持たない我が国がどうやって戦争を継続するんでしょうか。
為替は悪くなるばかり。諸外国との格差は広がるばかり。
そこへ持ってきて、現政権は医療制度も、年金制度も改悪をしています。我々の暮らしは悪くなるばかりです。
長い目で見ると日本の人口は増える見通しはありません。
言葉を選ばす言ってしまうと、人口=税収です。国民=国家予算です。
将来それが減っていくんです。
なのに、老人の安全で健康な暮らし、それを奪う方向に制度改悪。
せっかく国民からかき集めた税金なのに、簡単に外国にばら撒く外交をやっています。アメリカに既に何十兆円もの金を約束してしまっています。ほかに各国にポンポンと支援金を支払っています。元は我々の収入です。それなのに、我々国民の暮らしを支えるほうに金を使えば良いのに、外国にばら撒いています。
あるいは軍備拡大に使っています。
いま、各地でゲリラ豪雨のときにマンホールの蓋が吹っ飛んだり、市街地が水浸しになったりしてるでしょ。
あれなんでだと思いますか?
ひとつには上下水道の老朽化。
もうひとつは温暖化に伴う降雨量の増加です。
雨は、下水道に集めて海に放流するのが基本ですが、下水道管のサイズが昔の降雨量の少ない時のままなのです。降った雨を海に流す前に、街に溢れて洪水になっているんです。だから半分は人災なんです。
すみやかに、下水道管のサイズを大きくする必要があるんです。
一方で、老朽化が進んでいます。
老朽化によって下水道管は腐食され、壊れます。数年前に連日ニュースにあった八街市の陥没事故。
あれは、全国の都市圏のどこて起きてもおかしくない状況なんです。
高度経済成長期に作ったインフラ(上下水道、道路、鉄道、橋梁、港湾、その他いろいろ)に寿命がきてるんです。
特に、上下水道は早急に再整備する必要があると私は考えています。
しかし、国は、国家予算は、国民の暮らしにも、インフラにも向けられず、軍備と外国へのばら撒きに使われてしまっています。
いったい何をやっているんでしょうか。
戦後81年経ちました。
戦争の記憶を持つ人は激減しています。当時生まれた赤ん坊が81歳なんですから、当たり前の話ですね。
戦争の生々しい恐怖の記憶を持たない者は、戦争に恐怖を抱かない。だから簡単に一線を越えそうな気がしてなりません。
私の父はもう亡くなりました。父は八男でした。ですから、父の長兄と父の年齢は、ゆうに一回り以上は離れていたと聞きます。
私から見れば、いちばん年嵩の伯父です。
第二次大戦で戦死しました。
私が生まれた時には既にいませんでした。
父の実家の仏間の長押に額縁が掛かっていました。伯父の遺影でした。軍服を着て軍刀を携えてシワひとつない、じっと前を見据えた若者。A4ほどのモノクロ写真のなかの若者。それが私の知る伯父の全てです。
毎年その写真を思い出します。
小学生の頃に一度見たきりの、そのモノクロ写真が頭に焼き付いています。
戦争は良くない、怖い、真っ先に数多く犠牲になるのは軍属ではなく一般庶民。
第二次大戦では戦火に見舞われたどの国でも何十万人もの規模で市民が戦火に巻き込まれて死んでいます。空襲の犠牲者が甚大です。
戦争を起こした張本人の国家元首たちは安全な部屋から指示を出しているだけなんです。
そんな奴らのために犠牲になるなんて真っ平ですね。
そんなことを考えながらお盆を過ごしました。
仏壇に手を合わせ、全世界の戦争犠牲者を悼みました。
手を合わせながら、額縁のなかの伯父を思い出しました。
改めて、戦争反対の思いを強く胸に刻みました。