~と判明した。
今日の記事は、いつもの記事からは想像もつかない(と思われる・・)マジメな記事です。
こういう記事はできるだけ多くの人に読んでもらいたいとも思って書いているのだけれど、強要するつもりはまタックないし(しようがないし・・^^;)軽い記事がいいと思う(その気持ちもヨクわかるし・・)人は遠慮なくスルーしてください。
m(_ _ )m ペコリ
では・・・
ネットのニュース記事を読んでいると、『~と判明した。』とか、『~と証明された。 」って見出しに本当によくぶつかります。
紙に印刷された昔からあるタイプの新聞では、このような見出しは殆ど無いのではないかと思いますが、同じ新聞社でもサイト版では結構見かける気がします。
でも、この表現ってハッキリ言うと間違いなのです。
『見出しはツリ』だといえばそれまでなのでしょうが、本文を読んでもはっきりと『~とは判明してはいません。』って書いてあるところは無いので(当たり前だけど・・)、読み方によればそのまんま「そうだったのかぁ~!!」って納得してしまう読者も多いのではないかと思います。
前にも書きましたが、科学では100%ハッキリ判明する事は基本的にありません。どれだけ実験や研究を重ねても『そうである可能性が高くなる』だけです。まして、一度の実験で出た結果で原因が『判明』したりハッキリ分かる』ことはありません。
記事として読者の関心を引くために大げさな表現を使うという事は理解できますが、このような書き方は2つの問題を引き起こしかねないのではないかと思います。
1) いちいち『判明』するので、その後の実験や研究で違う結果が出た時に、前の実験・研究は「間違っていた」様な印象を読者に(多分無意識のうちに)与えてしまう事もあると思います。そして、これが繰り返されると、気付かないうちに、その人の科学に対する信頼が減って行ってしまうの事も十分に考えられます。勿論、中には「科学者と自らよく呼べるな・・・」と言うような厚顔無恥な科学者もいますが、殆どの科学者はマジメに研究しています。そして、マジメな科学者なら自分の研究結果が「絶対に100%正しい」ものでは無いという事はよ~~く承知しているはずです。
2) 「判明した」内容がほとんど人畜無害な物であれば別にいいのですが。例えば、『シェークスピアは実は女だった(実際にありましたね・・・)』と言う研究結果が発表されたとしても(実際になかったっけ?)、文学界では大騒ぎになるかもしれませんが、一般の人にとっては殆ど問題を引きおこしません。でも、例えば、『ビタミンなんちゃらは幾らとっても安全で、風邪予防の特効薬と判明した。』などと言う記事を真に受けて、風邪をひかないようにばかばか取ってて、後に別の実験でとりすぎは発ガン率が高まるとか出たら・・?
( ̄~ ̄;) ウーン
何度も(しつこく)書きますが、科学には100%は基本的にありません。特に一回や二回の実験結果で『判明』したり『証明』される事はありません。その実験結果は、ある特定の対象にたいして(全てを対象に実験する事は物理的にムリなので・・)そのような実験をそのような方法で行った場合に得られた結果に過ぎません。ほんのちょっとでも実験の条件が違えば、がらっと結果が変わる事も十分あるものです。
♡✾(。◠‿◠。✿)ぅんぅん
情報を受け取る側もそれを常に念頭において記事を読むことが必要だと強く思います。そして、、それ以上に情報を発信する側はそろそろ『とにかく話題になる記事を・・・』『実際の意味よりも目を引く見出しを・・』といった姿勢を考えて欲しいと思います。自分の書いた(無責任な)記事によって、自分の知らないどこかで誰かが不幸になっても全く気にならない神経の持ち主ってそんなにはいないと思うのだけれど・・
( ・・)ゞウーン
こういう記事はできるだけ多くの人に読んでもらいたいとも思って書いているのだけれど、強要するつもりはまタックないし(しようがないし・・^^;)軽い記事がいいと思う(その気持ちもヨクわかるし・・)人は遠慮なくスルーしてください。
m(_ _ )m ペコリ
では・・・
ネットのニュース記事を読んでいると、『~と判明した。』とか、『~と証明された。 」って見出しに本当によくぶつかります。
紙に印刷された昔からあるタイプの新聞では、このような見出しは殆ど無いのではないかと思いますが、同じ新聞社でもサイト版では結構見かける気がします。
でも、この表現ってハッキリ言うと間違いなのです。
『見出しはツリ』だといえばそれまでなのでしょうが、本文を読んでもはっきりと『~とは判明してはいません。』って書いてあるところは無いので(当たり前だけど・・)、読み方によればそのまんま「そうだったのかぁ~!!」って納得してしまう読者も多いのではないかと思います。
前にも書きましたが、科学では100%ハッキリ判明する事は基本的にありません。どれだけ実験や研究を重ねても『そうである可能性が高くなる』だけです。まして、一度の実験で出た結果で原因が『判明』したりハッキリ分かる』ことはありません。
記事として読者の関心を引くために大げさな表現を使うという事は理解できますが、このような書き方は2つの問題を引き起こしかねないのではないかと思います。
1) いちいち『判明』するので、その後の実験や研究で違う結果が出た時に、前の実験・研究は「間違っていた」様な印象を読者に(多分無意識のうちに)与えてしまう事もあると思います。そして、これが繰り返されると、気付かないうちに、その人の科学に対する信頼が減って行ってしまうの事も十分に考えられます。勿論、中には「科学者と自らよく呼べるな・・・」と言うような厚顔無恥な科学者もいますが、殆どの科学者はマジメに研究しています。そして、マジメな科学者なら自分の研究結果が「絶対に100%正しい」ものでは無いという事はよ~~く承知しているはずです。
2) 「判明した」内容がほとんど人畜無害な物であれば別にいいのですが。例えば、『シェークスピアは実は女だった(実際にありましたね・・・)』と言う研究結果が発表されたとしても(実際になかったっけ?)、文学界では大騒ぎになるかもしれませんが、一般の人にとっては殆ど問題を引きおこしません。でも、例えば、『ビタミンなんちゃらは幾らとっても安全で、風邪予防の特効薬と判明した。』などと言う記事を真に受けて、風邪をひかないようにばかばか取ってて、後に別の実験でとりすぎは発ガン率が高まるとか出たら・・?
( ̄~ ̄;) ウーン
何度も(しつこく)書きますが、科学には100%は基本的にありません。特に一回や二回の実験結果で『判明』したり『証明』される事はありません。その実験結果は、ある特定の対象にたいして(全てを対象に実験する事は物理的にムリなので・・)そのような実験をそのような方法で行った場合に得られた結果に過ぎません。ほんのちょっとでも実験の条件が違えば、がらっと結果が変わる事も十分あるものです。
♡✾(。◠‿◠。✿)ぅんぅん
情報を受け取る側もそれを常に念頭において記事を読むことが必要だと強く思います。そして、、それ以上に情報を発信する側はそろそろ『とにかく話題になる記事を・・・』『実際の意味よりも目を引く見出しを・・』といった姿勢を考えて欲しいと思います。自分の書いた(無責任な)記事によって、自分の知らないどこかで誰かが不幸になっても全く気にならない神経の持ち主ってそんなにはいないと思うのだけれど・・
( ・・)ゞウーン