情報に関して・・
最近、始まった事なのか、
ネットが普及して、前からあったけど表に出てくる機会が増えただけなのか、
オレが単に鈍くて、今まであまり感じていなかっただけなのか分からないけど、
ここの所、いい加減な事をあたかも当たり前の様に言う人や、完全に証明されている事実であるかの様に書いている記事(何もブログだけじゃなくて、新聞などでも時々・・・)見かける事が多くなっている気がして気になっています。
特にネット関係は、ネット以前には考えられなかった程、誰でも情報(正しい情報も、いい加減な情報も・・)を多くの人の目に触れる形で発信できるし・・・
でも、その情報の正確さについて、多くの場合、十分な注意が払われていない気がするのですが・・
例えば、学術・研究論文では、引用元が書いていない情報は相手にされないし、自分で実験や調査なりをした場合、これでもかって言うほど詳しくどのような実験や調査をどのように行ったか詳しく書いているものです。つまり、誰かその論文を読んだ人が、やろうと思えば同じ実験や調査が出来るって言う事です(誰でも、自分で結果を確認することが出来る様にネ・・)。
勿論、そこまでの事は普段の生活では必要ないし、一々やってたら会話も成り立たないけれども、考え方としてはその論文の書き方や情報の伝達方法から学ぶ事もあると思う。
オレ、今までに数回、情報元やその情報の処理(信じる度合い等について・・)に関する記事を書いてきているけど、それを例に出すと・・
物の見方やそれに対する意見は、往々にして人によって違う物だし(両方の側から話を聞く・・・)、話には聞き違い、読み違い、単なる勘違いが入りこみがちだし(言葉はヤッパリ難しい)、新聞や雑誌などの情報も間違っている事は以外とたくさんあるし(何をどこまで信じるか?)・・・
でも、逆にこれだけネットが普及した現在は、ちょっとその気になって調べれば、それなりの量の情報を簡単に得ることも可能です。ただ、ネットの情報は玉石混合なので、その情報の確かさを見極めるテクニックは少し必要だけど・・・
このことを強く感じたのが、死刑制度に関するブログネタに関する多くの『つながり』を読んだ時でした。
死刑に賛成している人の多くが、その理由の一つとして、その方が無期懲役で長く生かしておくよりは安上がりだと(言葉が悪くてスミマセン・・)書いていたのですが、前に逆の話(死刑の方がお金がかかることも多いと言う話・・)を読んだことがあったので、自分で少しネットで調べたらスグに色々出てきました(詳しくは『反対です』に書いています)。
ココで勘違いしないで欲しいのは、オレは別に調べもしないで意見を言うなって言っているのではなくて、どこまでが自分の意見で、どこまでがどこか他から得た情報か、そしてその情報元は何かと言うことを、もう少しハッキリさせてから記事にするなりして欲しい事も多いと言うことです。勿論、自分で情報元やその信憑性がちゃんと分かっていると言うことが大前提として必要ですが・・
そして読む側も、記事の内容を鵜呑みにしないで、ある程度は疑ってかかるとか、他に伝えるなら自分でも調べてからにするとか、少なくとも他に伝える時はどこからその情報を得たかをある程度はハッキリさせる位は(どこかで聴いた事がある程度なのか、何で読んだのかハッキリ分かっているとか位はね・・)してほしいと言う事です。
そう言えば・・・
最近もたまたま同姓だった為に、ブログ記事(ツイッターだったかな?)で事件の関係者であるかのように書かれて大変な目にあった不動産屋(だったかな?)も現実としてありましたね・・・
ネットが普及して、前からあったけど表に出てくる機会が増えただけなのか、
オレが単に鈍くて、今まであまり感じていなかっただけなのか分からないけど、
ここの所、いい加減な事をあたかも当たり前の様に言う人や、完全に証明されている事実であるかの様に書いている記事(何もブログだけじゃなくて、新聞などでも時々・・・)見かける事が多くなっている気がして気になっています。
特にネット関係は、ネット以前には考えられなかった程、誰でも情報(正しい情報も、いい加減な情報も・・)を多くの人の目に触れる形で発信できるし・・・
でも、その情報の正確さについて、多くの場合、十分な注意が払われていない気がするのですが・・
例えば、学術・研究論文では、引用元が書いていない情報は相手にされないし、自分で実験や調査なりをした場合、これでもかって言うほど詳しくどのような実験や調査をどのように行ったか詳しく書いているものです。つまり、誰かその論文を読んだ人が、やろうと思えば同じ実験や調査が出来るって言う事です(誰でも、自分で結果を確認することが出来る様にネ・・)。
勿論、そこまでの事は普段の生活では必要ないし、一々やってたら会話も成り立たないけれども、考え方としてはその論文の書き方や情報の伝達方法から学ぶ事もあると思う。
オレ、今までに数回、情報元やその情報の処理(信じる度合い等について・・)に関する記事を書いてきているけど、それを例に出すと・・
物の見方やそれに対する意見は、往々にして人によって違う物だし(両方の側から話を聞く・・・)、話には聞き違い、読み違い、単なる勘違いが入りこみがちだし(言葉はヤッパリ難しい)、新聞や雑誌などの情報も間違っている事は以外とたくさんあるし(何をどこまで信じるか?)・・・
でも、逆にこれだけネットが普及した現在は、ちょっとその気になって調べれば、それなりの量の情報を簡単に得ることも可能です。ただ、ネットの情報は玉石混合なので、その情報の確かさを見極めるテクニックは少し必要だけど・・・
このことを強く感じたのが、死刑制度に関するブログネタに関する多くの『つながり』を読んだ時でした。
死刑に賛成している人の多くが、その理由の一つとして、その方が無期懲役で長く生かしておくよりは安上がりだと(言葉が悪くてスミマセン・・)書いていたのですが、前に逆の話(死刑の方がお金がかかることも多いと言う話・・)を読んだことがあったので、自分で少しネットで調べたらスグに色々出てきました(詳しくは『反対です』に書いています)。
ココで勘違いしないで欲しいのは、オレは別に調べもしないで意見を言うなって言っているのではなくて、どこまでが自分の意見で、どこまでがどこか他から得た情報か、そしてその情報元は何かと言うことを、もう少しハッキリさせてから記事にするなりして欲しい事も多いと言うことです。勿論、自分で情報元やその信憑性がちゃんと分かっていると言うことが大前提として必要ですが・・
そして読む側も、記事の内容を鵜呑みにしないで、ある程度は疑ってかかるとか、他に伝えるなら自分でも調べてからにするとか、少なくとも他に伝える時はどこからその情報を得たかをある程度はハッキリさせる位は(どこかで聴いた事がある程度なのか、何で読んだのかハッキリ分かっているとか位はね・・)してほしいと言う事です。
そう言えば・・・
最近もたまたま同姓だった為に、ブログ記事(ツイッターだったかな?)で事件の関係者であるかのように書かれて大変な目にあった不動産屋(だったかな?)も現実としてありましたね・・・