オレを悩ます曲(Everything's Alright )
1973年の映画『ジーザス・クライスト・スーパースター』は、もう何回見たか分かりません。
前にも書いたけど、きっと一番好きな映画といってもいいでしょう。
でも・・・
この映画・・・
何故か、日本ではDVDで出てないんですよね~
舞台の設定にして、新しく撮った『『ジーザス・クライスト・スーパースター』は、DVDで出てるのだけれど(それも一応持ってます・・)・・・
その新しいバージョンは、舞台設定が変わっているのは気にならないし、今風に解釈しなおしているのは分かるのだけれど、出来は・・・・ちょっと・・・・・いま一つかな(あくまでオレにとってはです)?
特に、ジーザスとユダの深いところでの信頼関係や友情みたいなものが殆ど掘り下げられていない所や、ジーザスの台頭とローマ帝国の間に挟まれたユダヤのお偉方の苦悩等が、新しいバージョンではちゃんと描かれていないように感じます。
ぜひ、このオリジナルの映画バージョンの日本でのDVD化を望みます(アメリカでは売っています)。
詳しくは知らないけど、日本でDVD化されていないのは、なにやら、この映画のサウンドトラックとの著作権の問題とかがある為だとかと聞いた事があります・・・?
それが本当なら、これって、スッゴク残念な事だと思いません?ビジネスやお金にまつわる事が、とっても大事なのは分かるけど、優れた芸術や音楽・映画、きっとこれら以外にもまだまだ、そういうビジネス的な事を超えて考えるべきものってあると思うんだけど・・・
( ・・)ゞウーン
さて・・・
この曲は、その映画の『『ジーザス・クライスト・スーパースター』の中でイヴォンヌ・エリマン(Yvonne Elliman:Eric Claptonのバンドでバックアップ・ボーカルを受け持っていた事でも有名・・・)が演ずるずるマリアの歌(せりふ)から始まります。
簡単に説明すると・・・
疲れたジーザスをマリアは『全ては、大丈夫だから心配しないで・・・』と言って、油(多分、香油・・)でジーザスの額や足を冷ましてあげようとします。
それを見た、ユダは・・
『そんなに高い油を使うなら、それを買うお金で、貧しくてお腹を空かしている人達を助けるべきなのじゃないか?その方が、ジーザスを癒す事よりも大事なんじゃネ?』と・・・
それに対して、ジーザスは・・・
『自分たちに彼らを助けるほどのお金があるのか?彼らは、いつでも貧しくて痛ましいほど苦しんでいるのだヨ。それより、自分たちが今持っているいい事を考えよう・・』と、返します。
そして、ジーザスは最後の部分で、自分がいつか(近いうちに?)いなくなってしまう事を案じさせるような事を言います。
ここで、オレを悩ませるのは・・・
ジーザスの言っている事も、ユダの言っている事も両方正しいように感じてしまう事で、どっちか一つしか取れないと言われたら・・?
( ・・)ゞウーン
確かに、貧しい人みんなを助けるほどの財力は無いし(みんなどころか一人だって助ける事は、オレの財力じゃムリだけど・・)、『今を楽しむ事』(『今、ここに、こうやっていられる事を感謝する事』と、言い換えてもいいと思いますが・・・)が大事なのもヨク分かる。
でも、完全に助ける事はムリでも、ほんの少しでも、苦しんでいる人を助けられるなら・・・
( ・・)ゞウーン
( ・・)ゞウーン
( ・・)ゞウーン
・・・
うまく、自分なりにバランスとって行くしかないですね・・・
^^;
前にも書いたけど、きっと一番好きな映画といってもいいでしょう。
でも・・・
この映画・・・
何故か、日本ではDVDで出てないんですよね~
舞台の設定にして、新しく撮った『『ジーザス・クライスト・スーパースター』は、DVDで出てるのだけれど(それも一応持ってます・・)・・・
その新しいバージョンは、舞台設定が変わっているのは気にならないし、今風に解釈しなおしているのは分かるのだけれど、出来は・・・・ちょっと・・・・・いま一つかな(あくまでオレにとってはです)?
特に、ジーザスとユダの深いところでの信頼関係や友情みたいなものが殆ど掘り下げられていない所や、ジーザスの台頭とローマ帝国の間に挟まれたユダヤのお偉方の苦悩等が、新しいバージョンではちゃんと描かれていないように感じます。
ぜひ、このオリジナルの映画バージョンの日本でのDVD化を望みます(アメリカでは売っています)。
詳しくは知らないけど、日本でDVD化されていないのは、なにやら、この映画のサウンドトラックとの著作権の問題とかがある為だとかと聞いた事があります・・・?
それが本当なら、これって、スッゴク残念な事だと思いません?ビジネスやお金にまつわる事が、とっても大事なのは分かるけど、優れた芸術や音楽・映画、きっとこれら以外にもまだまだ、そういうビジネス的な事を超えて考えるべきものってあると思うんだけど・・・
( ・・)ゞウーン
さて・・・
この曲は、その映画の『『ジーザス・クライスト・スーパースター』の中でイヴォンヌ・エリマン(Yvonne Elliman:Eric Claptonのバンドでバックアップ・ボーカルを受け持っていた事でも有名・・・)が演ずるずるマリアの歌(せりふ)から始まります。
簡単に説明すると・・・
疲れたジーザスをマリアは『全ては、大丈夫だから心配しないで・・・』と言って、油(多分、香油・・)でジーザスの額や足を冷ましてあげようとします。
それを見た、ユダは・・
『そんなに高い油を使うなら、それを買うお金で、貧しくてお腹を空かしている人達を助けるべきなのじゃないか?その方が、ジーザスを癒す事よりも大事なんじゃネ?』と・・・
それに対して、ジーザスは・・・
『自分たちに彼らを助けるほどのお金があるのか?彼らは、いつでも貧しくて痛ましいほど苦しんでいるのだヨ。それより、自分たちが今持っているいい事を考えよう・・』と、返します。
そして、ジーザスは最後の部分で、自分がいつか(近いうちに?)いなくなってしまう事を案じさせるような事を言います。
ここで、オレを悩ませるのは・・・
ジーザスの言っている事も、ユダの言っている事も両方正しいように感じてしまう事で、どっちか一つしか取れないと言われたら・・?
( ・・)ゞウーン
確かに、貧しい人みんなを助けるほどの財力は無いし(みんなどころか一人だって助ける事は、オレの財力じゃムリだけど・・)、『今を楽しむ事』(『今、ここに、こうやっていられる事を感謝する事』と、言い換えてもいいと思いますが・・・)が大事なのもヨク分かる。
でも、完全に助ける事はムリでも、ほんの少しでも、苦しんでいる人を助けられるなら・・・
( ・・)ゞウーン
( ・・)ゞウーン
( ・・)ゞウーン
・・・
うまく、自分なりにバランスとって行くしかないですね・・・
^^;