まぁ・・・それなりに・・・
ブログネタ:住んでみて「しまった!」と思ったことある? 参加中アメリカに来てから、7箇所移り住んでますから、まあ、失敗したかなってこともあります。
まず、一番最初に住んだアパートは、前にも記事にちょこっと書いたことがありますが、古くて勿論エレベータなどないビルの屋上に立てた小屋みたいなところに無理やり部屋を作ったような所で、階でいえば5階に当たります。
ここで、まず『失敗したかな~』って思ったのは、5階でエレベータがない時の引越しの大変さを忘れていた事です。ボストンに渡ったばっかりなので、勿論手伝ってくれる人はいません。一応、荷物を持ってきた(多分こっちの引越し業者・・)トラックの運転手さんは、かる~く手伝ってはくれましたが、オレが3往復する間に1往復するかしないかしかしてくれません・・
(T_T)
もう、何も考えずに『オレは機械だ(キカイダーぢゃないよ・・・ってこれ、前にも使ったな・・・^^;)!!』とだけ自分に言い聞かせながらやってました。
で、無事に荷物を部屋に入れ終わって・・・
ぼうぜん・・・・
日本からは、本当に最低限の物しか送ってこなかった(はず)だったのですが・・・
とにかく部屋が狭かった(>_<)
でも、そのままでは生活できないので、無理やりどうにかしました。
部屋の一角に床から天井まで一列にダンボール箱を積み上げ、備え付けの洋タンスの足元にも箱、上にも箱・・・
ベッドの下に入れられなかったのがきつかったですね。
でも、どうにか暮らせるスペースだけは確保出来ました。
でも、このアパートで『失敗だったかも~』はこれだけじゃなかったのです。
ここに住んでみて、それこそ引越し荷物を受け取る前に発覚したのが・・
アメリカのアパートってこっちの映画やドラマで見て知っていると思いますが、(最近は日本でもちょっとお高いマンションなどで増えてきている例の・・)ビルの入り口に呼び鈴があって、その呼び鈴を鳴らすと中の人が誰が来たかを確認して(声だけだけどね・・)入り口のドアの鍵を開けるってシステムになっているのです。
でも・・
なんかおかしい・・・
実はボストンには一人だけ知り合いがいたのですが、遊びに来るはずになっていたのですが来ない・・・
で、アパートの近くの公衆電話(まだ、X-Fileで最初の頃持っていたでかい携帯すらなかった頃だし・・・)から電話がかかってきて『あれ?いたの?』って・・・
どうやら、オレの部屋の呼び鈴は壊れていて鳴らなかったらしい・・
(>_<)
早速、大家さんである不動産屋さんに行って、つたない英吾で必死に文句言いましたよ!早く直してくれってネ・・
でも・・
その大家さん曰く、そのアパートは古すぎて、壁に穴開けたりして直すのが大変すぎて直せない・・
って・・・
今なら、だったら内壁に沿って配線すりゃいいだろとか引き下がったのですが、当時は英語力もなかったし、そもそもそういうアイディアも浮かびませんでした・・・
で、9ヶ月後に出るまでそのままで、友達には来たら近くの公衆電話から電話してもらい、荷物が来るたびに郵便局に取りに行きました(不在通知が入っているので・・・)。
でも、このアパートで『失敗だったかも~』はこれだけじゃなかったのです(アレ?このフレーズ・・)。
オレの部屋は5階だったので、朝のシャワーラッシュ時になると・・・
シャワーのお湯が出ないことも・・・
今は、たいてい夜シャワーを浴びてから寝ていますが、当時はアメリカ人の真似をして、朝にシャワーを浴びていました。
この、『お湯が出ない』って事がどういうことかと言うと、ボストンって冬はマイナス20度くらいになる日もあるんですよね~・・・
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
笑うしかないでしょ?
勿論、浴びる前にお湯が出るか確認するのだけれど、浴びているうちにだんだんぬるくなってきて・・・
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
でも、このアパートで『失敗だったかも~』はこれだけじゃなかったのです(アレレ?又、このフレーズ・・)。
このアパートには9月から5月まで住んでいたのですが(つまり、一冬、そこで過ごしたってことです)、1月の間は多分3日ほど、2月も半分くらいしか・・・
ヒーターが入らなかったのです。
ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル
こっちのアパートは各部屋ごとにヒーターがあるのではなくて、ビル全体にいきわたるスチームのヒーターがあるところが多いのですが(特に古いところは・・)、つまり、下の階からオレのトコ(一番上)まで、丸々暖房なし!の日が結構あったって事です。
ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル
それでも、オレの階は一番上だったので、まだ下から熱が上がってくるらしくよかったのですが、下の階に住んでいた(いつの間にか下の階の二部屋に友達が引っ越してきていた・・)友達は、あまりの寒さに一日中電気コンロをオンにしていました。
ちなみに、オレの部屋は屋上の掘っ立て小屋(?)だったから電気代も家賃に込みだったのですが(光熱費、つまり暖房費は込みの所も多いけど、電気代は必ずしも込みの所は少なかった・・・)、下の友達は電気代も別に払っていたようだったので・・
ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル
これも、今思えば、光熱費込みの家賃なのに暖房が入らないって事は、その分大家さんが取り過ぎって事だから、うまく交渉すれば少しその間の家賃をまけさせる(一部を返してもらう)って事も出来たかもしれないけど、当時は英語力もなかったし、そもそもそういうアイディアも浮かびませんでした・・・(アレ?このフレーズどっかで聞いたことがあるかな?)
こ~~んなにひどい所だったけど、アメリカで最初に住んだ所だったので、今でも、それなりに感慨深いものはありますね~
o(^-^)o
他の所でも、ちょっと失敗したかな~って所はあったのですが、長くなったので、又いつか・・・
一応、そのアパートの(当時の)写真をアップしておきます。

左側の緑のドアがそのアパートの入り口です。

入り口から出た所から撮った写真です。
車がやけに四角いですね・・・^^;