既に・・・
ブログネタ:ペットの猫にポチとつけるのはあり? 参加中私はあり派!
勿論、これはアリでしょ・・・
だって・・・

ピグじゃなくてピコだけど、この猫にポチって名前をつけてるし・・・
それに、もともとオレは名前って単なる記号に近い物(イコールとは思ってないけど・・)だと思っているので・・
勿論、意味を持つ物もあるし、わざわざ意味を持たせた名前をつける時もあるけど・・・
例えば(正確には名前じゃないけど)・・・
大学で美術部だった時に、古い学生ホールみたいな所の一部を使わせてもらって、卒業前に友達と2人で2人展をやった事があるのだけれど、その時に展示した作品の一つに『4つの木片』と言う名前をつけて展示したんだよね。
でも、その作品って、絵画作品の展示用のパネルを固定する為のくさび形の木片を、5つただ一列に並べた物だったのです。
すると、こんなことが・・・
基本的に、作品はそのままほってらかしに展示してあるのだけれど、たまに会場に戻ってみると・・・
いつの間にか、木片が”ちゃんと”4つに減っている事が何回かあったりしました。。
(ノ゚ο゚)ノ
オレが想像するには・・
きっと部員の誰かが、『”4つの木片”と言う題名の作品に、5つ木片が並んでいるのは、きっと誰かがいたずらしたに違いない』と思って、気を利かせて片付けてくれたのではないかと・・・・
( ・・)ゞウーン
つまり、その誰かは、作品の題名を”あくまで”作品の見たままの状態を表すものとして意味付けて捕らえてしまって、『必ずしも作品の見た目とその題名は同じ次元で意味を持っている必要はない』と言う所まで発想が行かなかったのだと思います。
・・・・
そして、これと同じような事って、実は日常生活の中でも結構多いような気がするな~・・・?
( ̄~ ̄;) ウーン
いったん、既成概念が自分の頭の中で出来上がってしまうと、何か新しい(かもしれない)事や物を見たり聞いたりしても、ついその既成概念に当てはめて納得してしまって、『もしかしたら、今回のは(自分が知っている物と)違うかも知れない・・?』と言う所までなかなか発想が行かないって事多いんじゃないかな?
これって、つまり、大人になればなるほど”頭”で物を見るようになって来ちゃって、(子供の様に)ち~~ゃんとじ~~っくり自分の目で見て、観察して、『何だコリャ??』って考えて、五感を総動員させて判断するって事をしなくなって来てしまうって事だよね?
でもさ・・、
こればっかりやってると、新しいものを発見する”喜び”が無くなって来て、日常の生活がどんどん無味乾燥した物になっていってしまわないかな~?
なんか、勿体、無い気がするナ・・・
楽しくってワクワクする事っていっぱいあるのに・・・
ズイブン、お題と離れてしまった様な、そうでない様な内容になってしまったけど、ポチって名前を猫につけるのって、人間の子供に”あ〇ま”ってつけるよりは、よ~っぽどアリだと思うな。(←いきなり、強引にお題に引き戻す・・・)
だって、”あく〇”は、はっきりと意味を持った言葉だけれど、”ポチ”には『イメージ』はあっても『意味』はないしね・・・
まぁ、”あくま”でオレの個人的な意見だけど・・・・(←オヤジギャグ?)
o(^-^)o
