昨日、家の近くの吉野家でテイクアウトしていたら、店の中の客に見覚えのある男性が居た。
坊主頭にメガネ。
一年半ぐらい前から大学に来なくなったON○くんだった。
彼は同じ大学の同じ学科だった。
しかし、二年生の終わりぐらいから学校に来なくなった。
そして留年した。
だから今、私は四年生なんだが、彼は3年生をやっているはずだった。
しかし、彼の答えは「学校に行っていない。」とのことであった。
彼はこの学科の学問を勉強するのがもう嫌だと言っていた。
僕は、二つの選択肢を挙げた。
別に今の学科を卒業しても違う業種で働くことはいくらでもあるんだからとりあえず卒業すれば。
やりたいことがあるんなら大学やめてスタートすれば。
しかし、彼は「もういいよ」「もういいよ」としか言わなかった。
最後に僕は「俺らまだ若いんだからこれからっしょ」と言った。
しかし、彼は「もう終わりだよ。」と。
もう終わり。?
なんで終わりや。
彼はバイトしていないと思う。
仕送りで生活している。
しかも、豚丼ではなく、牛焼肉丼を食べていた。
かなりいい生活をしているはずだ。
アフリカの貧しい子供たちからすれば何を言っているだと思われるだろう。
「甘い」といわれるだろう。
彼は悩んでいるのかもしれない。
しかし、彼の言葉は「もう終わってるよ」という超がつくほど悲観的な言葉しか出なかった。
なんで、終わりなのか。
ご飯も住む所も用意されて、ただ学校が嫌になったから終わり。
そんな甘いことを言ってたら怒られますよ。
とりあえず莫大な金を出してもらってるんだから卒業すればいいじゃん。
それが嫌なら何かに向かって行動すればいいじゃん。
彼は考えているのかもしれない。
しかし、彼の言葉からはそんな感じは伝わっては来なかった。
こういうのを所謂ニートというのかもしれない。
しかし、彼にはがんばって何かに向かって走り出して欲しいと願います。
残念なのは彼が、大学の中が世の中のすべてみたいな考え方、小さな視野で物事を考えているようでならなかったことである。
もっと、広い世界、広い視野で人生を考えれば「もう終わりだよ」という台詞は出てこないと思う。
一度、世界に出て、いろんな貧しい国や、生活を体験すれば、いかに自分が小さな世界、視野で物事を考えていたのかを思い知るんじゃないか。
少なくとも「もう終わり」みたいな台詞は出てこないと思う。
大学なんてホント小さなことだと思うと思う。
だって、僕らはこんな豊かな国、やりたい事は何だって出来るという贅沢な国に生まれたんだから。
コーヒー豆つくることしか仕事が無い国に生まれ、やりたいことがあっても選択肢がない国に生まれた人からすればホント幸せなんだから。
まずは、自分の境遇に感謝して、自分は幸せなんだと自覚すれば、「もう終わり」なんて言葉は出てこないと思う。
贅沢な自分の境遇に感謝し、それに恩返しするぐらいの気持ちで明日に向かって走ってほしいです。
だって僕らには未来がある、明日があるのだから。
やりたいことは何でも出来る。
情熱です。
「人は成りたいと思っている以上の人になることはない」
宇野社長の言葉より抜粋
彼には、広い視野を持って、大学なんて小さいことでくよくよせずに未来に向かって歩き出して欲しいものです。