彼は言った。
「そ の山の場所 は まず伏 せておこうね」
そして店内をぐんるりと見回した。そして僕の後方に目線がきたとき、彼はそこに目を留めた。目を留めてしばらくぴくりとも動かなくなった。僕は一体彼が何を見ているのかが知りたくてたまらなくなった。数秒の後、僕が後ろを向こうと右膝を椅子の外に動かしかけたその時だった。
「まずその山はとても暗いんだ」
彼の声が煙をくぐらずにセンテンスとして耳に届くのはとても久しぶりのことだった。彼は息を止めて話しているのだ。
「暗いというのは」「事実なぜか太陽の光が弱いんだ」
「それも困ったことに」「朝の8時から夕方5時までが一番暗い」
彼の頭は今話すことに専念しているのだろう、彼の薄くなったでこの辺りは仄かに赤くなり、少し膨らんでいるかのようにも見える。僕は次に来る言葉を待った。彼は息を少しずつ吐き、なるべく煙が僕と彼の間に来ないよう気をつけながら話をしている。彼がこういう風にして話をするのは初めてだ。
彼はゆったりとしたソファに肩まで身を委ね、胸のところで指を重ね合わせている。白い半ズボンからは毛むくじゃらの膝が見え、そして全く毛のないスネがつるりと伸びている。モネの睡蓮がプリントされた白地のTシャツを着ているが、その絵は模写をさらに猿が模写したようにいびつな形をしている。
「もちろん人は住んでいる、それもたくさん住んでいる」「そしてもちろん、彼らの表情には精気がない」
「僕はその山で3日間過ごした」「山には畑や草花もあるし、小さな商店やパン屋さんもあるんだ」
「ただ暗いということを除いては、普通の街のようにも見える」
「彼らとは色んな話をした、おおよそは彼らが口々に言う不平不満を聞いている役だったけどね」
「彼らは、こう暗くては何もできないどころか、何もする気が起きないと言うんだ」
「そらそうだよ、実際にそこに行けば分かる」「辺りが絶望的に暗いんだ」
「写真がある、これだよ、薄暗い昼間の風景を撮ってみた」
彼は半ズボンのポケットから、彼の体の曲線に沿って形作られた一枚の写真を取り出した。
僕はそれを手に取り、見た。菜の花に囲まれた一軒の赤い屋根の家があり、半開きになった木のドアから1人の少女が顔をのぞかしている。
「確かに」と何も考えずに口にしたのは、その少女の表情が全く冴えないからだ。そして美しい。
「でも・・・」
「そうなんだ、写真で見るとそこは全くの明るい健全な普通の家の写真なんだよ」
「そんなことって・・・」
「でも実際にそこに行けば分かる」「ほんとうに墨汁で空を塗りつぶしたように"固い"暗さがそこには存在するんだ」
「僕がお世話になった家は、一家で20年そこに住んでいるそうだ」
「来る日も来る日もこの暗さの中で暮らし、知らぬ間に20年が経っていたそうだよ」
その頃になると、僕の胸には何かつっかえるものが去来していて、上手く言葉にならない不思議な感情がわき起こっていた。
(to be continued)
「そ の山の場所 は まず伏 せておこうね」
そして店内をぐんるりと見回した。そして僕の後方に目線がきたとき、彼はそこに目を留めた。目を留めてしばらくぴくりとも動かなくなった。僕は一体彼が何を見ているのかが知りたくてたまらなくなった。数秒の後、僕が後ろを向こうと右膝を椅子の外に動かしかけたその時だった。
「まずその山はとても暗いんだ」
彼の声が煙をくぐらずにセンテンスとして耳に届くのはとても久しぶりのことだった。彼は息を止めて話しているのだ。
「暗いというのは」「事実なぜか太陽の光が弱いんだ」
「それも困ったことに」「朝の8時から夕方5時までが一番暗い」
彼の頭は今話すことに専念しているのだろう、彼の薄くなったでこの辺りは仄かに赤くなり、少し膨らんでいるかのようにも見える。僕は次に来る言葉を待った。彼は息を少しずつ吐き、なるべく煙が僕と彼の間に来ないよう気をつけながら話をしている。彼がこういう風にして話をするのは初めてだ。
彼はゆったりとしたソファに肩まで身を委ね、胸のところで指を重ね合わせている。白い半ズボンからは毛むくじゃらの膝が見え、そして全く毛のないスネがつるりと伸びている。モネの睡蓮がプリントされた白地のTシャツを着ているが、その絵は模写をさらに猿が模写したようにいびつな形をしている。
「もちろん人は住んでいる、それもたくさん住んでいる」「そしてもちろん、彼らの表情には精気がない」
「僕はその山で3日間過ごした」「山には畑や草花もあるし、小さな商店やパン屋さんもあるんだ」
「ただ暗いということを除いては、普通の街のようにも見える」
「彼らとは色んな話をした、おおよそは彼らが口々に言う不平不満を聞いている役だったけどね」
「彼らは、こう暗くては何もできないどころか、何もする気が起きないと言うんだ」
「そらそうだよ、実際にそこに行けば分かる」「辺りが絶望的に暗いんだ」
「写真がある、これだよ、薄暗い昼間の風景を撮ってみた」
彼は半ズボンのポケットから、彼の体の曲線に沿って形作られた一枚の写真を取り出した。
僕はそれを手に取り、見た。菜の花に囲まれた一軒の赤い屋根の家があり、半開きになった木のドアから1人の少女が顔をのぞかしている。
「確かに」と何も考えずに口にしたのは、その少女の表情が全く冴えないからだ。そして美しい。
「でも・・・」
「そうなんだ、写真で見るとそこは全くの明るい健全な普通の家の写真なんだよ」
「そんなことって・・・」
「でも実際にそこに行けば分かる」「ほんとうに墨汁で空を塗りつぶしたように"固い"暗さがそこには存在するんだ」
「僕がお世話になった家は、一家で20年そこに住んでいるそうだ」
「来る日も来る日もこの暗さの中で暮らし、知らぬ間に20年が経っていたそうだよ」
その頃になると、僕の胸には何かつっかえるものが去来していて、上手く言葉にならない不思議な感情がわき起こっていた。
(to be continued)