ネットで「しげの秀一」って検索すると、「しげの秀一 絵が下手」まあ出てくる出てくる😅

『MFゴースト』が始まってから特に多いんだけど、この話題、実は単純な「上手い・下手」じゃ片付けられない、かなり深い問題が隠れていると思う。

今日はそこを本気でえぐってみたい。

 

 

「下手」と言われる前に、まず漫画家としての文脈を整理しよう

 

しげの秀一という漫画家を語るとき、まず外せないのが1983年スタートの『バリバリ伝説』だ。

バイクブームの先駆けとなったこの作品、当時は「バイクの描写がとにかくリアルでカッコいい」と話題になった。

で、人物の絵は? と言えば、実は「昔から独特のクセがあった」んだよ😅

 

目が異様に強調されている。顔が縦に少し伸びる。体のバランスがときどき怪しくなる。

これ、『バリバリ伝説』の頃からずっとそうなんだよね。

だから「MFゴーストで突然下手になった」というのは、正確には半分だけ正しい。

 

 

■じゃあ何が変わったのか?🤔

 

ここが本質的な問いだ。

『頭文字D』全盛期(1995年〜2013年)の絵と、今の『MFゴースト』の絵を並べると、確かに違いが見える。

 

変わったポイントを挙げるとこうなる。

 

1)線の太さと力強さ

イニシャルDの頃は線に「勢い」があった。荒削りだけどエネルギーが乗っていた。

MFゴーストの線は細く、柔らかくなった。これが「生気がない」「顔が死んでる」という印象につながっている。

 

2)キャラクターの「渋さ」の消失

拓海や啓介のような、ちょっとカッコ悪いのにカッコいいという絶妙なバランスのキャラが、しげの絵の真骨頂だった。

ところがMFゴーストになって、特に女性キャラを増やしたことで、そういう「渋い男臭さ」が希薄になった。

絵柄の問題というより、描く対象が変わった問題でもある。

 

3)デジタル作画への移行

原画展に行った人の感想によると、MFゴーストからデジタル作画になったため、展示がプリントに切り替わったそうだ🖥️

アナログ特有の「紙の上の熱量」「下書き線の揺らぎ」「インクの濃淡」が消えたことで、印刷物で見たときの印象がガラッと変わった。

これは絵が「下手になった」のではなく、「別の質感になった」と言うべきかもしれない。

 

 

■「加齢」という要因を正直に見ておこう👴

 

これを言うと角が立つかもしれないけど、避けて通れない話だ。

しげの秀一は現在60代後半。頭文字Dを全盛期に描いていた30〜40代とは、当然ながらコンディションが違う。

 

漫画家というのは、基本的にキャリアを重ねると絵が洗練されていく職業だ。

ところが、一部の作家はある年齢を超えると「簡略化」が進む。

これは手抜きじゃなくて、「どこに力を入れるべきか」の優先順位が変わるからだと思っている。

 

しげの先生の場合、明らかに車の描写に全エネルギーを注ぎ込んでいる🏎️

人物はある意味「省エネモード」になっている。

その結果、昔の荒削りな渾身の人物描写が、今の「シンプルすぎる」人物描写に見えてしまう。

 

実際、2022年には体調不良で3ヶ月の長期休載もあった。

健康面での波があったことを考えると、「下手になった」と断言するのはちょっと乱暴じゃないかと思う。

 

 

■「車が上手い」ことの意味を理解していない人が多すぎる問題💡

 

ここが個人的にいちばん言いたいことだ。

 

「車やバイクの描写は上手いのに人物が下手」という評価をよく見る。

でも、これって実は物すごくおかしい発想だと思う。

 

車やバイクを漫画で「動いているように」描くのは、人物を描くよりはるかに難しい。

静止した状態の車は写真を参照すればそれなりに描ける。

でも、コーナリングの瞬間の重力、タイヤのグリップが限界を超える瞬間の緊張感、エンジン音が聞こえてきそうな迫力——これは純粋な「絵の技術」と「物理・機械への深い理解」が合わさって初めて描ける。

 

しげの先生の車の描写が「上手い」のは、つまり彼が車の動きを体で理解しているからだ。

その視点から見ると、人物描写のクセは「味」であり、「下手」という言葉では片付けられない個性なんだよね。

 

 

■比較対象の問題🔍

 

「頭文字Dの頃と比べて劣化した」という声をよく聞くけど、比較の基準が少し歪んでいるとも感じる。

 

イニシャルDがアニメ化されたとき、後半の作画は前半より大きく変わった。

これはスタッフや技術の変化によるもので、しげの先生の原作の変化とは別の話だ。

 

むしろ「アニメのイニシャルD」の作画イメージで漫画を読んでいる人は、そもそも基準がズレている可能性がある。

 

また、アニメ版MFゴーストは作画監督が人物を大幅に補正しているため、「漫画版は絵が下手なのにアニメ版は普通に見える」という現象が起きている。

これは逆に言えば、「しげの先生の絵の方向性をスタッフが別解釈でアップデートしている」ということだ。

 

 

■結論:「下手」じゃなくて「変化した」+「優先順位が変わった」

 

整理すると、こうなる。

 

・昔から人物描写に独特のクセはあった(これは変わっていない)

・MFゴーストで車描写への「全振り」がより顕著になった

・デジタル移行により線の質感が変わった

・年齢・体調による簡略化の進行がある

・描く対象(渋い男→女性キャラ中心)が変わった

 

「しげの秀一の絵が下手」という話題は、突き詰めると「自分が好きだった頭文字D時代のしげの絵が戻ってこない寂しさ」の裏返しだと思う🥲

 

それはわかる。すごくわかる。

でも、40年以上描き続けてきた作家が「変化する」のは当然のことだ。

問題は変化したことじゃなくて、変化の方向性が「自分の好みと合うか合わないか」——それだけの話じゃないかな。

 

しげの先生の「車愛」は今も作品の随所に溢れている。

その愛情だけは、バリバリ伝説の頃から1ミリも下手になっていないんだよ🔥

 

 

あなたはどの作品でそう感じましたか?

頭文字D派? MFゴーストも読んでる?

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