ひろすけのMacなブログ

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剣道と防衛大学校とMacintosh関連を中心に日々書いています

2学年の中期も終わり、新年を迎えたのも束の間。今朝、防大へと息子は帰っていきました 。(ま、成人式に帰ってきますが)

 

 

今回もいいことも、ムムムのこともいろいろとありすぎ。なので、とても書けませーん。

 

クリスマスの夜には隊舎のパテオであんなゆかいなことをしてたりとか (謎)

 

詳しくは書きませんが、息子に対しては、あれがあれで、はじめてのあれで、2年中期というのは、本当に去年の中期はいろいろとあって。

校友会もあるのに、長くて大変で、とても難しかったと思うけど、よく勤めあげました (これは何だかわかりませんよね笑)

 

後期は中期よりもゆっくりできると思います。ずっと動き続けてきたから、ゆっくり休んでくださいといいたいです。

 

開校祭、校友会活動、靖国の雨中参拝もお疲れ様。

 

がんばれ!! 後期!!

防衛大学校開校祭で知っておいていただきたいこと。

 

開校祭では1日目の11時から12時、サイレントタイムなるものがあります。にぎやかな訓練展示などが落ち着いた頃、それは始まります。

 

なんのためのサイレントタイムか?

 

それは人文科学館前の顕彰碑献花式のためのサイレントなのです。

 

今年は118柱を顕彰する式となりました。

儀仗隊も正装(白ズボンではない)、正式に着剣の上、捧げ銃をしていました。

顕彰碑の裏面には、

 

防衛大学校は創設以来多くの卒業生をおくり出してきた。この間、幾多の卒業生あるいは在校生が自衛隊員としての崇高な任務遂行中、不幸にして志なかばでその職に殉じた

 

ここに防衛大学校創立三十周年を記念し同窓会会員及び学校職員、在校生相はかり小原台の一角にこの碑を建立し

永久にその遺徳を顕彰するものである。

 

 昭和五十七年十一月 防衛大学校同窓会名誉会長 防衛大学校長 土田 国保」

 

とあります。

 

そして、資料館の2階の顕彰室では、

 

「防衛大学校卒業生で自衛隊員として殉職した者並びに防衛大学校学生で殉職した者及びそれに準ずると認められた者の遺徳を顕彰し学生補導に資するためのものである」とあります。

 

志半ばにして殉職された方に対する顕彰碑献花式、心ある方は人文科学館前で脱帽の上、黙祷を捧げていただけたらと思います。

 

(私の前に立たれていたお二人の方、青いキャップと迷彩柄のキャップを被ったままでした。年上とお見受けしましたので、何も言いませんでしたが、催し物ではないので、脱帽するのが普通だと思うのですが、意識されない方は多いのでしょうね。)

なかなか、更新できずにいました。

 

というのも。去年の年末に義父が亡くなったのに続き、この9月に実母が98歳(数えで白寿)で亡くなりました。

 

これを書いている時点では、まだ四十九日もきておりません。

 

息子からも「特別休暇案件」では?と問い合わせがありましたが、テスト期間中ということもあり、

義父の時と同様、帰ってはこさせませんでした。

私は、

 

「そんな事は考えなくていいです。テストやいろいろ用事があるだろうから、それに専念してください。

おばあちゃんもそれを望んでます。冬に帰ってきたときに、きちんとお墓参りしてください。それで充分です。」

 

とだけLINEしておきました。

 

というのも、息子は校友会も主軸メンバーになりつつあり、ここでは書けませんが、いろいろと激務が想像されることもしています。

 

結果、そのおかげか、単位を落とすこともありませんでした。

 

それはさておき、仕事を調整して、今年の開校祭は2日間とも参加できることとなりました。

 

相変わらず長距離ドライブになりそうですが笑

 

ただ、防衛大学校の開校祭のインスタグラムの偽アカウントが出ているそうですので、皆様、お気をつけください。

 

またまた、来てしまいました横須賀。

 

去年に続き、特別支援隊を派遣することになりました。

ただし、日帰り弾丸ツアー (うげー) 。

 

しかも、仕事が終わってから、夜中21時半にそのまま発進!!

 

翌日は関東は晴れ、関西は雨の予報。

 

夜中に高速から三日月が見えました(新東名高速でも120km区間があるのを去年知ったわたし.......。)

 

 

SAで仮眠をとりつつ、8時15分には正門前に到着。

 

 

日曜の朝、防大正門前に停車中のバス。

防大生だらけ笑

満員で出発してました。

バスの時刻に出れなかった子は徒歩の子も。

 

 

息子には車で持ってきた支援物資を渡したり、肉やプリンを食べせたりしました。

 

 

あと、横須賀軍港めぐりをしたら、景品が当たってしまいました。

 

 

なかみは「ちょうかい」のピンバッジとブラックサンダーとドリップコーヒー1袋でした。コーヒーは息子にあげちゃいました。

なんか、いいことあるかな?

 

今回はあすかときりしまが岸からよく見えました。

 

 

 

軍港めぐりでは「きりしま」の近くの「あすか」には布で覆われたレールガンが積んであるのをみました。

覆いをとったら、こんな感じ。

 

 

白く見える箱のようなものは電源供給用のコンデンサーバンクだそう。

 

レールガンが置いてある艦尾のデッキのところで入校前の息子と一緒に写真撮ったよなーと感慨に浸ってました。

 

 

帰りは翌日の朝5時に自宅に帰りつきました。月曜が休みでよかったー。

 

もう、へろへろでバタンキューでした。

みなさん、とうに忘れかけているかもしれませんが、カッター応援の余話。

実はカッター当日のちょっと前が結婚記念日でした。

というわけで、ちょっと贅沢して「ラビスタ横須賀観音崎テラス」に宿泊してました。

 

 

昔はカッター当日、ラピスタに変わる前の「観音崎京急ホテル」だと、ランチを予約しておいてレストランで食べれたらしいのですが、こちらではできません。

 

カッターが終わって、静かな海辺を少し歩きました。美術館に行ったりして絵画を見たりしましたけど、正直イマイチわかんなかった(笑)

 

 

あと、カッター競技会が無事終わったことの感謝をもうしあげに走水神社に詣でてきました。

 

夕方でしたので社務所は閉まっていました。

歩き疲れたのでホテルに向かいました。

 

「ラビスタ横須賀観音崎テラス」のディナー、美味しかったです。

 

 

ホテルのお風呂も上がったら、無料のアイスが置いてあったり、朝のバイキングも海の幸があったりして盛りだくさんでした。

ただ、残念なことに貸切風呂にしろ温浴施設にしろ部屋から遠いし、辿り着くまでの経路がややこしかったです。

 

 

翌朝のバイキングでは醤油バイキングなんてのがあったりしました。

 

開放的な窓から遠くに形状から見て米軍の駆逐艦でしょうか、航行するのが見えました。

 

そうそう、ここは面白いことに、お部屋に双眼鏡が置いてあるんです。遠くを行き合う船を部屋から見ることができます。

 

 

カフェにも置いてあって、そこでは何月何日の午後何時何分にクィーンエリザベス ll が沖合を通る予定という一覧表があったりしました。

 

ここでカッター応援の疲れをとって、高速で7時間かけて家に戻りました。

 

雨の中、早朝の新幹線で息子は防大に帰っていきました。

 

 

 

どうやら本人は2学年になって、1学年の時と帰り際の心持ちが少し違ったようです。帰るのに嫌なのは嫌で変わりはないけど、1学年の時ほど深刻ではないみたい、

 

あとで、「やっと始まった大学生活を満喫しますわ」との息子からの連絡。

 

「ほえ?」「自主自律できちんと模範となる上級生になってくれよ〜」と私も返信。

まぁ、校友会でもきちんと真面目にやっているようだから、信頼はしていますが。

うまくいきますよう。

 

ちなみに、話は変わりますが、明日の5月7日水曜日に何か起こるのかな?

ネットでは災害が起こるかもと言われている日付ですが、東京湾周辺の大規模地震?南海トラフ?富士山噴火?

 

まぁ、いろんなものがネットにはありますから、半信半疑ですが、遠く離れると、関東大震災みたいなのが起こったら?

富士山噴火したら?

 

息子がいる小原台は大丈夫かななどと、いろいろと考えてしまいます。

 

予言が当たらず、無事平穏でありますように。

連休でウチの息子も帰ってきました。

 

校友会の活動もその前日まであって、どうなるかなと思いましたが。帰ってきました。

 

私服での帰宅だったけど、夏の制服も洗濯のために持って帰ってきてました。

 

夏服のバッチに「さくら」ひとつ。おーっ。

 

カッターも終え、ひと山越えましたねぇ........。

 

カッターもA、Bと出れる子、どちらかしか出れない子、どちらも出れない子、いろいろあったみたいですね。

ウチの子もカッターに出るという子は本来、校友会ではいないらしいのですが、なぜか出たらしい。

 

心配のタネはつきませんが。

 

これからも順調にさくらが増えていきますように。

 

 

息子出場のカッターは予選敗退。

 

残念!!

 

決勝には進めず、くやし涙をのみました。

 

ポンドに接岸して後処理をする息子たち。

ポンド内で息子の姿に「おつかれさま」と声をかけましたが、クルー含め、みんな悄然としていました。

 

海自の迷彩を着た指導教官の人がクルーみんなに声をかけ、このレースについていろいろ話をされていたようです。

 

息子はポンド内の建物に一旦入り、着替えて門を出ていきました。

 

息子を見送ったあと、私たち夫婦はポンドから移動。

 

はやばやとお昼の場所の確保へと向かいました。

それはここ。

 

 

どんなお料理か一度は食べてみないとと、ずーっと思っていましたので。

 

11時前にはすでに待ちの人が........。

 

カッター競技会の日だから、多いだろうなぁと思いながら待つこと20分ほど。

暖簾がかかり開店。

防衛大臣の色紙も確認しながら、席につきました。

 

 

早速、アジフライ定食、単品で穴子を頼みました。

 

 

満腹、満腹、ボリューミーでした。

 

穴子も大きくて、かき揚げまでついてました。一品にしてよかった。

 

二品だったら食べ切れてませんでした笑

 

おいしかったけど、一点だけ。

 

関西人から言わせてもらうと、お漬物だけはもうちょっと。努力賞といったところでしょうか。

 

補足2へと続く

ふーっ、ここまで動画のアップを一気にやってきましたが........。

 

少しくたびれました。

 

決勝を含めてあと5レースほどですが、決勝のレースの動画をアップして終わりにしたいと思います。

 

まわりの学生の声援がすごいです。

 

いきなりで。撮っているこっちがびっくりしました。

 

もう本当に青春真っ只中なんだなぁーと感じました。

 

 

 

金クルーの櫂立て(よく見ると、一人手を振っている)

 

おじさん、君たちにエネルギーもらっちゃったよ。うんうん。

 

 

 

(つづき)見事な開頭で42Bがトップ。このまま逃げ切れるか?

 

42Bを追って猛ダッシュ!

特に34A速かった。

 

 

実質の最初のレースでしたが、第二レースは1位が34A、 2位が22A、3位が42B、4位が13Aという結果に終わりました。

 

特に最後まで力を振り絞って、こぎ切った13Aクルーと応援しつづけた1大隊の1学年、よくがんばりました。

 

「あおざくら」の伊東くんが引用した徳川家康の言葉じゃないけど、

 

「勝つことばかり知りて負くるを知らざれば、害その身に至る。」

 

「おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。」

 

(勝つことばかり知って、負けを知らないことは危険である。

自分の行動について反省し、人の責任を攻めてはいけない。足りないほうが、やり過ぎてしまっているよりは優れている。)

 

だよ。

 

カッター経験も勉強だから、この経験を将来に活かしましょう!!