運命の糸(前編)
俺は、約一週間ほどの予定で、東京
支社へ仕事に来ていた。
最終の確認会議を残すだけとなった
前日、俺は、支社の友人達と飲みに
出かけた。
終電が無くなる前に居酒屋を出て、
各自が家路につく別れ際、友人が
後輩のSに向かって言った。
「明日は、朝から会議だからな。
今度は、遅刻するんじゃないぞ。」
引っ越して、間もないせいか、若手
の社員Sは、このところ、睡眠不足
が続いているらしく、出社が遅い。
だが、その翌日、Sは昼になっても
姿を現さなかった。
昨夜、かなり飲んでいたから、まだ
死んだように爆睡していても、
おかしくはない。
「Sのやつ、布団の中で、死んでる
んじゃないか?」
昼食後の雑談中に、友人が笑いなが
ら、そう言った時だった。
目の前の電話が鳴り、彼がそれを
とった。
「はい...そうです。私ですが...
えっ、Sが? 本当ですか?」
彼の声が、急に、うわずった。
「あっ、はい...
場所は?、いえ、住所は?
...はい、すぐに伺います。
あ、ありがとう ごさいました。」
電話を終えた友人の横顔が、
明らかに、こわばっている。
俺は、すぐに、どこからの電話
だったか、聞いた。
「警察から。俺にだった。
Sが、Sが死んだって言われて。
それで、聞きたい事があるから、
警察まで来てくれと言われた。」
友人は、俺を見て、どうしようと
言う表情をしている。
それまで、話の輪に加わっていた
同僚達も一斉に沈黙し、全員が、
友人を見つめる。
「冗談で言ったんだ、冗談で。」
友人が、本気で死んでいると言った
わけじゃない事は、みんな、わかっ
ている。
だが、今の電話が冗談でない事も、
彼の様子から明らかだ。
全員、その続きが知りたいのだ。
俺は、詳しい事を聞いてくるから、
それまでは、Sのためにも、この件
は、周囲に伏せておくよう、その場
にいた全員に約束してもらった。
うわさというのは、尾ひれがつき
やすいからだ。
俺は、友人の上司に電話の件を説明
し、3人で警察に出向いた。
「あなたの知り合いが死んだ、聞き
たい事がある。」
皆さんは、警察から、そう言われた
経験があるだろうか?
死因が事故か病気かと考える前に、
みんな、同じ事を思うはずだ。
「俺は無実だ。」
警察に向かうタクシーの車中、友人
は、聞かれた事以外、話さないと
自らの心に誓い、彼の上司は、Sの
勤務態度や、最近の様子を説明しな
がら、同時に、友人の人柄も、それ
となくアピールするつもりでいた。
俺は、昨夜の居酒屋でのやり取りを
証言すべく、記憶を整理していた。
こっちでは、俺だけが、出張で居合
わせた、第3者になり得るのだ。
初めて見る警察署内のオフィスは、
俺達の事務所と、レイアウト的に
大差なかった。
入り口から、一番遠いところに、
偉いさんの少し大きめの机があり、
その前に、数人単位で事務机の島が
ある。
署員に案内されて、課長さんの机の
前に、三人が並んで座り、各自が、
自己紹介を終えたところで、課長
さんが口を開いた。
「お忙しいところ、急にお呼び立て
して、すみません。
そちらに勤務されているSさんが、
自宅で死亡されていました。
職場での、Sさんの最近の様子を
お伺いしたいのですが。」
俺は、警察というのは、人を疑うの
が仕事だと思っていた。
だが、この後に続いた課長の話を聞
いていて、市民から疑われる事に慣
なれている人達だと気がついた。
こちらが知りたい事を、全て、この
課長が、先回りして説明してくれた
からだ。
第一発見者は、アパートの管理人
さんであり、死因は、おそらく、
自殺である事。
家族は、遠方に別居しているため、
連絡はとれたが、まだ、到着して
いない事。
アパートの入居者名簿でSの勤務先
の電話番号を見つけた事。
その勤務先から、今、俺の隣に座っ
ている友人が、今日の午前中、留守
電に伝言を残していた事。
従って、Sと同じ職場の人なら、
前日のSの様子が聞けると思った事
などである。
そして、今度は、こちらが話す番に
なった。
3人、別々に、取調室なる場所に連
れていかれるわけではないらしい。
容疑者の扱いではなさそうなので、
俺達の緊張は、少し和らいだ。
まず、友人の上司が口火を切った。
彼は、Sの上司でもあるからだ。
Sの勤務態度や人柄、最近の会社で
の様子等を手短に話し終えると、
「昨夜の飲み会については、」そう
言って友人に話のバトンを渡した。
待ちかねていたように、友人は、居
酒屋でのSの様子をまくしたてた。
飲ませ過ぎた後ろめたさを、話す事
で、懺悔したい気持ちはわかるのだ
が、もっと注意すべきだ。
課長は、話の内容でなく、居酒屋の
名前と帰った時間を手帳にメモして
いる。
自殺で、居酒屋に行ったかどうか、
裏をとる必要があるのだろうか?
友人が話し終えると、課長は、これ
で充分です、と言った表情で、俺の
方を見て、聞いてきた。
「何か、ご質問は、ありますか?」
やっぱりプロだ。よく見ている。
3人の中で、課長の話をメモしてい
たのは、俺だけだ。
「はい。職場のみんなには、詳細を
聞いてくるから、それまで騒ぐなと
言ってきたので。助かります。」
最初に、こう言われて、何も教えな
ければ、悪いウワサが一人歩きする
のは、よくご存じの人達だろう。
正直なところ、やはり、変なのだ。
殺人の疑いや、違法な薬物による
中毒死の類でなければ、呼び出して
聞くほどの内容は無いはずだ。
だとすれば、裏をとる必要もないの
に、居酒屋の名前とそこを出た時刻
をメモしたのは、なんのためだ。
俺は、ダメもとで聞いてみた。
「期待していた情報はなかった、
そんな風に見えました。
本当は、何がお知りになりたかった
んですか?
私達も、突然の事で驚いてますが、
死因が自殺だと言われても、Sが、
自殺するほど、悩んでいたようには
思えません。
ですから、死因に、不可解なところ
があるんじゃないかと思いまして。
他殺や病死ではない死に方だった。
でも、自殺らしくないところも
あった、そういう事なんじゃないか
と思いまして。」
課長は、斜め上を見上げ、何もない
空間に何かを探すように視線を泳が
せた後、再び、俺を見た。
どうやら、当たりだったらしい。
だが、課長は、俺に向かって、口を
開こうとしたのを思いとどまり、急
に友人の上司に向き直って聞いた。
「こちらの方の、お仕事は?」
亡くなったSには申し訳ないが、
幽霊を相手にする機会が増えると、
人間は、死という出来事に、鈍感に
なるらしい。
思わず苦笑いする俺を見て、驚き
ながらも、彼が説明してくれた。
「関西の本社で、調査・分析を担当
されてまして、その・・・特殊調査
が専門の方で、こっちには、以前の
仕事の関係で、一週間ほど出張して
もらっているんですが。」
俺は、出張してまで、手伝っている
今の仕事が本業だと思っているの
に、それが以前の仕事だと言われ
て、ちょっと、ひっかかった。
だが、なるほど、といった感じで、
課長はうなづいた。
そして、今度は、俺に聞いてきた。
「特殊調査というのは、その、例え
ば、幽霊のようなものの・・・」
苦笑いしたままで、うなづく俺に、
課長は、もしかしてご存知ありませ
んかと言って、俺が、思い出したく
ない名前を口にした。
俺達の会社の産業医の先生・・・、
ではなくて、その妹さんの名前だ。
妹といっても、ピアスの悪魔とは、
双子だから、先生と同じ霊能力があ
り、妹さんの方は警察勤務である。
俺がうなづくと、課長は、こぼれか
けた笑みを慌てて隠し、やっと、
本音を漏らした。
「どうやら、今回は、その特殊調査
というのに、なりそうなんです。
正直のところ、こちらが半信半疑の
状態で、よそに応援を頼むのも、悩
ましいところでして、しかし、どこ
から手を付ければよいかも、分から
ない有様で。
当然、おおやけには出来ませんし。
所轄の範囲で解決できれば、それが
一番なんです。
ひとつ、ご協力をお願いします。」
そう言うと、俺の答えも聞かずに、
課長は、心配する友人と彼の上司を
、さっさと帰らせてしまった。
もちろん、俺を疑っているわけでな
く、捜査に協力してもらうためだと
説明して。
俺は、そのまま、隣の小部屋に案内
された。
すぐに、課長と、もう一人が、ファ
イルを持って現れた。
お辞儀だけで、挨拶の言葉もないの
は、いかにも刑事らしい感じだ。
俺は、ズボンのポケットの上から
手のひらで、霊木の木の実の存在を
確かめた。
「これがなければ、俺は、ただの
おっさんで通せるのだが・・・」
彼が、机の上に写真を並べ出すと、
課長が、その横で話し始める。
なにかと、忙しい人だ。
「今日の午前中、現場で撮影した、
Sさんの遺体の写真です。
ご家族には、とても見せられない
ものもありますが。
どうぞ、ご覧になってください。」
一枚目は、掛け布団を、あごの下
まで引いて、ベッドに横たわる、
男性の写真。死んだSである。
二枚目は、掛け布団を剥いだもの
で、Sの身体から、何本もの電線
が伸びている。
行き先はタイマーのようだ。
そのタイマーは、壁のコンセントに
接続されているのがわかる。
三枚目は、その電線の先がアップで
写っていた。
電線の先は、ガムテープでSの身体
にとめられている。
四枚目は、そのガムテープの一つを
剥がしたもので、電線の先には、
十円銅貨らしいものが半田付けされ
ている。
どうやら、Sは、これを、胸や脇の
下、首筋、足の裏などにガムテープ
で固定して、時間がくると、家庭用
コンセントの100Vが、自分の身
体にかかるよう、細工をしていた
ようだ。
五枚目は、Sの枕元の写真で、ふた
がない薬の小瓶とウィスキーの空き
瓶が転がっている。
あの飲み会の後、睡眠薬を飲んで、
さらに、ウィスキーのボトルまで
空けたとすれば、それだけで、自殺
行為だ。
こんな面倒な感電死の細工等、必要
ないだろう。
「昨日の飲み会の感じでは、とても
信じられない事ですが、この写真だ
と、覚悟の自殺に見えますね。」
課長が、俺にこれを見せた目的を
聞きたいので、俺のほうで、写真の
説明を省略させてもらった。
「そうなんです。そうだとすれば、
こっちのが、不自然なんですよ。」
そう言って、残りの数枚の写真を、
机の上に、一気に、広げて置いた。
一つには、洗濯機に放り込んだ、
数日分の下着や靴下が写っている。
もう一つのは、煮物や味噌汁が残っ
ているキッチンの小鍋のたぐい。
その次は、スポーツ欄を開いたまま
置いてある、机の上の新聞。
どれもこれも普段の生活の風景だ。
明日も、このまま続いていく日常と
しか思えない。
確かに、自宅の中を、こんな状態で
放置したまま、この世とお別れする
人間がいるとは考えにくい。
ある程度、身辺整理はするだろう。
「確かに、覚悟の自殺にしては、
家の中は普段通りですね。
予期せぬ突然死ならともかく、
明日やる予定をたくさん残して、
自殺なんて、不自然ですね。
しかし、特殊調査の対象らしいと
思われる根拠は、なんですか?」
そう、これだけなら、単に不自然な
だけの内容だ。
幽霊の類に結びつくものはない。
「遺書も見つかっていません。
ですが、この部屋で、これと同じ
亡くなり方をした人が、Sさんで、
3人めだと言われたら、俺さんは、
どう思われますか?」
まるで、ネットの怖い話に登場する
事故物件のような落ちだ。
だが、俺を巻き込むなら、もっと、
普通に巻き込んでくれ。
例えば、友人が引っ越した格安の
アパートへ遊びに行ったら、そこ
に、幽霊がいた。
学生さんと違って、おっさんは、
コンビニやファミレスまで逃げる
のが面倒くさい。
だから、その場で、霊木の木の実を
出して、幽霊を封印し、それで、
お話はハッピーエンド。
怖くはないが、それでも良いでは
ないか。
考えてみれば、そういったネットの
上の怖い話なんかより、今の状況は
、かなり非現実的である。
平凡なサラリーマンの俺は、出張の
はずが、なぜか、警察にいる。
そして、目の前の警察官二人は、
死人の写真を机の上に並べて、
「あなたの知り合いが死んだ。
犯人は、きっと幽霊だ。」
真顔で、そう言おうとしている。
だが、こっちが、現実なのだ。
俺は、同僚U子のご主人の生き霊
事件が、きっかけで、T子の悪霊
退治に、深く関わるようになった。
それ以来、俺の人生の歯車が狂い
出した、というよりも、本当の人生
のレールの上を走り出したのかも、
しれない。
家でホコリをかぶっていた霊木の
木の実も、T子に言われたのが、
最初で、いつの間にか、持ち歩くよ
うになっている。
そして、天白山の天国へ続く階段の
先にある、あの神社。
少年時代に、よく遊びに行った、
あの山には、T子のご先祖様が神と
なった白蛇神がいる。
大きな運命の力が、俺に、何かを
気がつかせようとしている。
だから、今回も逃げてはいけない、
そんな気がした。
「Sの部屋は、見にいけますか?」
ダメだと言われたら、「それでは、
わかりません」と断れる。
これが、最後のチャンスだった。
だが「それでは今からいきますか」
と課長に聞き返されて、やはり、
断れない運命にあるのだと諦めた。
断れないなら、いつものように、
見に行くだけだ。
だが、その前に確かめる事がある。
「出かける前に、その二人の亡くな
り方との共通点を教えてください。
先ほど、居酒屋の名前と帰りの時間
を、メモされてましたが、関係は、
ありますか?」
課長が、嬉しそうに答える。
やはり、俺と同じく、彼も人の死に
鈍感になっている。
「ええ、問題なのは、帰宅時間の
方です。3人とも、深夜に帰宅して
、翌朝には死んでます。
幽霊は、深夜に出るもの...
ですよね?」
そうとは限らないと答えても、
時間の無駄だ。
俺は、質問を続けた。
「亡くなり方が同じというのは、
具体的に、どういう事ですか?」
まさか、十円玉に銅線を半田付け
なんて、今時、半田ゴテを持って
る人は、あんまりいない。
タイマーの改造だって、やれる人
は限られてる。
「感電死の仕掛け、睡眠薬、ウィ
スキー、全部です。
睡眠薬とウィスキーは、3人とも
同じものでした。」
そう答えてから、課長は、ほかの
二人は、半田ゴテには縁のない
生活だったから、余計、理解でき
ない死に方だと、付け足した。
それを聞いて、俺は、Sの部屋に
行くのは、明日の夜にしてくれと
頼んだ。
準備があるからと言って。
「今夜ではダメですか?」と聞く
課長に、俺は釘をさした。
「どのみち、Sの件は、自殺で
処理するしかない。
幽霊が犯人では、人間の法律で、
裁けないから。
それでも調査する理由は、警察官
として、課長さんが、再発を防ぎ
たいから、そうですね。」
課長がうなづくのを見ながら、俺
は続けた。
「でも、幽霊を、自分の目でみな
ければ、納得はできない。
そうですね。」
再び、うなづく課長。
「しかし、自殺が、悪霊のしわざ
なら、その悪霊に取り憑かれた人
は、やっぱり、自殺します。
私だけで、Sの部屋に行き、除霊
するなら、心配ありませんが、
万一、課長さんが取り憑かれたら
、課長さんから悪霊を追い出さな
いと、課長さんが自殺する事に
なります。いやですよね。」
また、うなづく課長。
「人間に取り憑いた悪霊を追い出
すために、必要な道具を準備する
ので、時間がほしいんです。
こっちには、出張で来ただけです
ので。
お待ちいただけますか?」
わかりましたと、うなづく課長。
間違えば、命とりなのだ。
俺は、課長さん達と、明日の大まか
な予定を決めると、準備が出来たら
また連絡する旨を付け足し、警察を
後にした。
(つづく)