39.土左衛門の裁判(前編) | 縁石25番のブログ

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土左衛門の裁判(前編)


出社して、会社のパソコンを立ち上
げると、ピアスの悪魔からメールが
来ていた。
「教えてほしい事があるので、健康
管理室に来てください。10分ほど
で、構いませんので。」とある。
俺は、机の引き出しから仁丹のケー
スを取り出して、銀色の粒を口の中
に、タップリと放り込んだ。
寝ぼけた頭をスッキリさせるには、
これが一番だ。
おっさんだから。


ガリガリと口の中の仁丹を噛み潰し
ながら、朝礼終了後、伺う旨の返信
を打っていると、斜め向かいの席
から、T子が話しかけてきた。
「それ、健康管理室からだろ?
まっ、頑張れ!」
職場のみんなは、よくあるメタボ
中年宛の健康指導のご案内としか
思わないだろう。
だが、内心、俺は驚いていた。
行き先が、ピアスの悪魔のところだ
とわかっているのに、T子は、つい
てくる気がないからだ。
楽しいはずの先生との個人面談に、
普段と違う水の差し方をするT子。
不吉な予感を感じながらも、俺は、
久しぶりに、一人で健康管理室の
先生に会いにいった。


「いらっしゃい、俺君。
お呼びして、すみません。
こちらへ、どうぞ。」
先生の机の横に置かれたイスが、
気のせいか、いつもより、先生の
近くにあるような気がする。
うれしいけど。


「俺君、開発部門にいたの時の
役職は、主任技師でしたよね?」
かすかな香水の香りに、俺の血圧が
上がる。
「そうでしたけど、それが何か?」
主任技師は技術者の主事の役職だ。
だが、俺のメタボと昔の役職に、
どんな関係があるのだろう。


先生は、机の引き出しから一枚の
写真を取り出し、黙って、机の上に
置いた。
細い指先の、よく手入れされた爪と
ピンクのマニキュアが、妙に、
なまめかしい。
「あの、教えてほしい事って、なん
でしょう?」
俺は、下心のつぶやきが、声になる
前に、質問を変えて聞き直した。


「あれ、これって、俺君の開発した
製品じゃないの?」
そう言われて、俺は、慌てて、出さ
れた写真を見た。
確かにそうだ。
開発部門にいた頃に設計した、プロ
用のビデオ編集機材だ。
「そうですけど、これが何か?
当時は、1台、1千万円ぐらいで
放送局に売れましたが、今は骨董品
で、使っている人はいませんよ。
動画の技術革新は速いですから。」


先生は「よかった。」と言って、
話の本題に入った。
「実は、私の双子の妹が、警察に勤
務していて、法廷で使う被疑者特定
の資料映像を作らなくちゃいけない
んだけど、この装置じゃないとダメ
らしいの。
それで、妹が開発元を調べたら、
私が勤めてる会社だったから、この
人がいるか調べてみてって、装置の
写真と一緒に送られてきたのが、
俺君の当時の名刺だったの。」


俺は、驚いた。
これは、先生が、産休取りますと
宣言した時以来のサプライズだ。
先生は双子だった。
しかも、妹さんは、警察関係者だ。
だが、なるほどと思う点もある。
犯人逮捕に金縛りを使うとか、事情
聴取は、腕つかめば終わりとか、
考えてみれば、確かに便利だ。
言えないけど。


先生は、続けた。
「なんでも、放送局さんから借りた
古い取材テープが特殊で、これを
再生できる装置が、警察には、これ
以外にないらしくて、でも、装置を
扱える人が、もう警察にはいないと
かで、俺君に資料映像づくりを頼み
たいらしいの。
俺君、お手数ですけど、妹のところ
に行ってもらえないかしら?
俺君がOKなら、妹から、部長さん
にお願いしてもらうから。」


たいへんな事を、えらく簡単に言っ
てくれるのが、この先生の怖いとこ
ろである。
だが、ここで黙っていると、自慢の
生脚を組み替えたり、長い髪をかき
揚げて、俺のテンションを上げて
くれるのが、この個人面談の楽しい
ところだ。
言いたいけど。


正直、俺的には、ずっと黙っていた
い場面だが、人間、長く生きている
と、長期的な視点で、物事を考える
ようになる。
ここで、恩を売っておけば、次回
は、このイスが、もっと先生の近く
に置いてあるかも知れない。
俺は、考えうる選択肢の中で、最も
手が掛からない方法を選んだ。
「確かに、それ、デジタルビデオの
初期の頃のフォーマットですから、
今となっては、特殊といえば、特殊
ですね。
でも、局の取材テープなら、再生で
きる機材が、必ず局に残ってますか
ら、そこで最新のフォーマットに
変換してもらえば、そんな骨董品を
動かさなくてもいいですよ。」


先生は、それがね、と言いたげな
表情で、話を続けた。
「妹が言うには、法廷で使う記録
映像の場合は、指定された装置以外
を使うと、改ざんの疑いをもたれ
ないように、事件と関係ない手続き
が増えて、裁判が長引く場合がある
らしいの。
その点、俺君の装置は、警視庁で
画像解析装置に認定されていて、
今まで使われてきたものだから、
確実なんだって。
それだけ、その証拠映像が大事な
裁判らしいんだけど、詳しい事は
教えてもらえなかったの。
俺君の装置、信用あるわね。」


骨董品でも信用だけはある、そう
聞こえたのは、俺のひがみかもしれ
ない。
だが、ここにT子がいれば、間違い
なく、俺は言われているはずだ。
「俺君と同じだな。
作ったものは、作った人に似る。
頼りにならないけど信用できる。」
言わないけど。


黙っている俺に、先生は続けた。
「それで、妹が言うには、こういう
ケースは、過去にも、時々あって、
先輩から、装置の開発者に頼むのが
一番だって、アドバイスをもらった
そうなの。
俺君、お願いできないかしら。」


要するに、これは、先生でなく、
先生の妹さんのお願いである。
だとすれば、妹さんについて、
少し知っておく必要がある。
特殊な家系なのだから。
「妹さんが、おられたんですね。
双子って、一卵生なんですか?
白蛇神様の家系は、代々、子供
さんは女性一人だと思ってました。
その妹さんも、先生のように、
霊能力があるんですか?」
先生は、俺が沈黙していた理由が、
それだと思ったようだ。
「一卵性よ。だから、そっくり。
今でも、時々、間違われるくらい。
霊能力も私と同じ。警察だから、
知り合いになっておくと、いざと
いう時、頼りになるわよ。
警察って、意外に狭い業界みたい
で、妹も、調査や分析で、民間
企業の人に、知り合いがほしい
みたいなの。」


毎回の事だが、こうなると、下心
満載のボランティア精神を、中年
の好奇心が、全力で後押しする。
「ミニスカポリスの妹さんも、
見てみたい。」
言えないけど。


結局、俺は、今回も、あまり内容を
聞かずに、依頼を引き受けた。
ただし、妹さんが部長に依頼する時
は、「俺一人で」と、頼んでもらう
よう、条件をつけた。
はっきり言おう。おっさんの不純な
動機のボランティア活動に、まじめ
なT子は邪魔なのだ。


気がつけば、予定を5分オーバー
していた。
慌てて、職場に戻ろうと立ち上がる
俺に、先生が言った。
「俺君、土左衛門って見たある?
T子さんには、今回の俺君のお仕事
が、その土左衛門のアップの映像を
編集する事だって、言ってあるの。
彼女、悪霊は平気でも、本物の死体
は苦手だから。
その辺の口裏合わせ、よろしくね。
悪霊退治でなければ、T子さんが
いない方が、俺君、気楽でしょ。」
またしても、先生には、恩を売られ
る形になった。
今回は、宿題を引き受けた上に、
恩まで売られてしまった。
やはり、ピアスの悪魔には、1対1
では、かなわないようだ。


(つづく)