競技復帰はどこまで可能になったか  その18 |     Basketball is my life   ~気がつけばバスケットボール人生~

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プロコーチとしてバスケットと共に歩んできた人生。もっと沢山の人たちとバスケットを語りたい。そして自分が手探りで始めた頃の様な形では決して次の時代へはバトンタッチしたくない。そんな思いを込めて、長年培った指導の技術や戦術を公開していきたいと思います。



こんにちはeno です。



私は、チームの監督として宮永選手に是非とも競技復帰してもらいたいと思った。



彼女は、手術後、2年生、3年生のときには出番がほとんどなかったが、

4年生の時には、半分以上のゲームに出場することが出来た。

そしてその年に引退した。



前回、「完全に競技復帰する時期」という小見出しで、


彼女がゲームに出始めた頃のことを紹介したが、私自身は、

彼女が完全に競技復帰したかどうかということについて、

戸惑いを持ち続けている。



確かに、バスケットボール選手として十分な動き、

身のこなしが出来るようになったし、ゲームにも出場した。



しかし、私としては、もっと彼女に活躍してほしかったという気持ちもある。



スポーツ医学の進歩は、確かに彼女の競技復帰を可能にしてくれたが、

チームに戻ってから実際に復帰するまでの道のりで、

私達スポーツの現場に携わる者がすべきこと、

これからしなければならないことは、あまりにも沢山ある。




ケガをした選手というのは、少なからず、心も“病気”になる。

ましてや、前十字靱帯損傷のように、復帰まで長期を要するケガの場合、

選手の心の“病気”は相当なものだ。



ケガというのは、医学的に適切な処置をすれば、

回復の時間の遅い早いはあれ、いずれ、ある程度まで治ってくる、



問題はむしろ、心の“病気”だと言えるかもしれない。



そして、この心の問題こそ、私達コーチが解決していかなければならない

課題ではないかと私は考えている。









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