
今から遡ること25年あまり、私が大学生の時アルバイトでコンサートや劇の会場設営(椅子並べ位)をやっていて歌舞伎公演の仕事があると言われとても興味があったので二つ返事で引き受けた。歌舞伎自体は見たことがなかったが、当時の中村勘九郎さんと片岡孝太郎さんの舞台と聞き「もしかしたら、近くで見れるかも」と期待しつつ劇場に向かった。
仕事自体はすぐに終わってしまい、先輩と見てもいい範囲で舞台裏や大道具などを見学していた。あたりをぶらぶらしていると、通路の反対側からすらつとした色の白い着物の男性が近づいてきた。
自然ではあるがとても洗練された動作に役者さんかなと思い顔を見てみると、片岡孝夫さんでした。
そのあまりにもキレイなお顔についみとれて凝視していると、気づかれたようで少し照れながらも優しい笑顔でお辞儀をしてくれました。
私はハッとして「こ・こんにちは」とだけ言ってお辞儀をするとニコニコしながら通り過ぎて行った。
イメージ通りの美男子でとても優しい人なんだと幸せな気持ちになりました。
次に控え室のような所に迷い込みスタッフの人の許可を得て見学させてもらっていると背後からパタパタと足音が聞こえたので振り向くと中村勘三郎(当時は勘九郎)さんが足早に部屋に入ってきた!!
(ここは楽屋だったのか?)と驚いている私のそばをスタスタと扇子で扇ぎながら進み椅子に座った。
「いやー!暑い、暑いねぇ!!」と連呼しながらバタバタと扇子で扇ぎ続ける。
芝居が終わったばかりのようで浴衣姿でくつろいだ様子だった。
「いやー!暑い、暑いねぇ!!麦茶頂戴!!」と言って渡された麦茶をゴクゴクと飲み干す。
そしてまた「いやー!暑い、暑いねぇ!!どうしてこんなに暑いんだろう ね?」と隣のスタッフに笑いながら言う。
スタッフはニコニコしながら頷いている。私は思わず笑いそうになるのをこらえて退室した。
背中越しに「いやー!暑い、暑いねぇ!!」バタバタバタと扇子の音が聞こえた。
今から思うとスタッフとふざけてわざとやっていたように思われます。
勘九郎さんもテレビのトーク番組などで見た通り、とても明るく気さくで、超自然体な人なんだと感じた。
あれだけの大物役者だから楽屋もピリピリしていて大物のオーラを出しまくりかと思っていてが、現れた途端に周りが明るくなり自然とみんなを笑顔にしてしまう力があると思いました。
ほんの1,2分の出会いでしたが25年も経った今でもつい昨日のように思えてなりません。
心よりご冥福をお祈りいたします。
