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2025.7 広島オムツ外し学会⑥

デイサービスから老人保健施設で働く⑥

 来週は広島オムツ外し学会‼️まだちんたらちんたらfacebookに書いてる。間もなく終わります、この連載😊
さて終わりから2番目は、2024年から2025年にかけて。

始めに髙口さんから改革の予定表を見せられたが、言葉ではわかるものの実感として全くついていけなかった。

あと…現場は昭和だった。
30年前に年季の入った施設見学した時に「まだこういうとこあるんだなー。これからどんどん変わってくんだろうな!」と思ってた【こういうとこ】感😓

ただ他の施設と大きく違っていわゆる看護介護の性格の悪い職員がほぼいなかった。
普通、仕事は出来るから皆から一目置かれてるのを良いことにやりたい放題の人が、仕事遅くて他の人のフォローが必要な人を、その他の人からなるほどと思わせる理由を言って、出来ないとか苦手な仕事を押し付けるなどの一見わかりにくいいじめなどをやるような職員が居なかった。

居たのは元理事長に気に入られて発言力が強くなり、わがままに振る舞う人は居た。でも施設が方向転換しているうちに辞めてしまった。
残るは性格の良い人たちばかり。
それは亡くなった元理事長が性格悪な人達を上回っていたからなのかはわからないけど、この施設の唯一とも言える良い面だった。

ただ…
皆素直で意見しない。
目の前のお年寄りとの関わりだけが良ければ色々な事には目を閉じている感じがした。

新しい風を感じつつ半信半疑だったと思う。下手に動いて傷つきたくないという感じだったのだろうか。
新しい人たちが来ても変わるわけない、の方が強かったのかな。

2024.4月からはいよいよ体制が一新された。
新理事長、新施設長、そして友達が事務長になった。
事務と看護と介護に主任が出来た。会議で色々決めて行こうとなるが、この時点では全部が事務長の仕事だった。オヤツさえも購入するのも何をその日出すかも全部事務長が決めていた。それは多岐に渡り、全ての物事が事務長の判断に委ねられており、私には把握しきれなかったし、常にタスクを5個から10個くらいは軽く抱えていたので、全部がやりきれておらずその後処理にも翻弄された。

しかもそれはおかしいと言うもさてどこをどう人に任せていくのか、現場は常に忙しいし私にもわかりかねる案件ばかりだし、せめてオヤツくらいは栄養士さんに任せたら?と言っても事務長もどう任せたらいいのかこの時点ではわからないようで、結局抱えこむ。
私もどう変えていけばいいのかわからないままに忙しい毎日が過ぎていった。

というわけで、体制のカタチは出来たけどこのシステムがモノになるには時間が必要だった。私でなくてもっとしっかりした人ならもっと早く改革が進んでいたには違いない。が、残念ながら私だった😅

2024年は忙しかった。
心を亡くすと書いて【忙しい】だが、本当に心をなくしそうなほどに。

疲れ切ったのは私だけではなく、看護も介護も主任から降りたいと申し入れがあった。疲れ切ったのもあるし、まとめる事でうまくいかないと思い自信もなくなってしまったようだった。
実際はそんな事なくて、一年目だからそりゃ目が覚めるような動き方なんて無理で、私からみたら充分だったけど…
引き止められず主任から降りてしまった。

それで主任不在のため仕方なく私が主任代行を受けた。まずは現場にガッツリ入らないと見えないところだらけで何もわからない。私は現場で一緒に仕事しながら考えていくタイプの管理者だったのもある。
それで冬から現場に入る事になった。

あらかじめ右手と右足が動きにくい事はもちろん話していた。
とはいえ、もう少し出来ると思ってた。
かつての私は仕事が早いタイプだったので、介助の時はあえてゆっくりやるように心がけてきた。
が、この身体では、むっちゃ急いでもオムツ交換は超ゆっくりな上に、ピシッと、あの仕上げに大切なピシッとが出来ない😭
出来ない事にイライラするしで補佐的な動きに変えたけど、それも一緒に回る職員には申し訳ない思いでどうにかなりそうだった。
更衣介助もゆっくりなら出来るけど、ヒモとかあると結ぶのに苦戦する。
シーツ交換なんて一台に10分以上もかけて、ヒモは結び目が緩いわ、枕カバーは曲がってるわ。包布もピシッが出来ない。
トイレ介助は見極めて出来そうな方には私が身体使って支えて自分でパンツとズボンを上げてもらった。
自立支援にもほどがある😅
それでも頑張って1人でオムツ交換してたらお爺さんが「もっとギュッと締めてくれや。」というので、「無理なんよ、片手が使いにくくてね、どうしようか…一度見せて。」とお願いしてみると、「こうやっての、こうやってー、ほいでこうやって」とそもそもこの人にオムツいるん?は置いといて、結局全部自分でピシッとやってくれました。

あとゆっくり介助で良かった事もあって、トイレ介助に時間かかって新しいリハビリパンツとかズボンとか履いてもらってる最中に「ん。何か出そう」と排便に繋がる事が多かった🥰
下半身がスースーな上にちんたら履かせてるのが良かったとしか思えない。仕事の早かった頃にはわからなかった事だった。

こんな出来ない職員としての毎日だったけど、現場はやっぱり楽しくて大変だけど笑ってる毎日だったので気づかなかった。

その頃に久しぶりに会った人から、驚かれたのだ。
何でそんなに疲れているのか、と。
疲れてないと言っても、怒られた。一目見てわかる、と。
それで、その頃の仕事内容を話し、あと1年くらいは頑張りたい旨も伝えたら、身体が持たないよ、と忠告された。
そこで、ああ。疲れてるから、休みの日にはずっと寝てるのか…
本当に何も出来なかった。

出来る事なら役職からは降りたい。
パソコンもブラインドタッチで打てなくなってて、右が変に動いておかしなキー打つし、そもそも思うような早さでは打てない。介護も出来ない、書類作成も時間がかかる。

介護の出来ない介護主任、と言葉は簡単だけど心の深いところにひっそりと刺さったままだ。

正直今ご飯食べるのも緊張が走る。箸やスプーンは思ってる以上に高度な手の動きで出来ていたことがわかった。
最後の滑らかな動きでノーストレスで食べ
られるのだ。

トイレでも毎回パンツとズボンの上げ下げに苦闘する。
特に暑くなると汗で上がらない!

なんて不自由を抱えながら、いつまでこの生活続けるんだろうと思ってたさなか、
髙口さんの方から気遣っていつまでその位置にいるつもりなのか聞かれた。
あー!やめていいのか!
目からウロコくらいの気持ち。

すでに事務には福祉業界の事務畑でやってきてた出来る社会保険労務士さんが入ってて、いい加減事務主任は降りたいと思っており年度末までとした。
その上、あと1年は無理と思い込んでた介護主任代行も降りられるのか☺️
ホッとした。
髙口さんが2025.8月くらいかなと言われていたのでそのつもりで仕事を整理し始めた。

5月、デイケアの人手が足りないとなり、入所ではなくデイケアをメインで見ることとなる。

これが2025.5月のこと。

2025.7 広島オムツ外し学会 ⑤

デイサービスから老人保健施設で働く⑤

 その後話しは進み、結局髙口さんがアドバイザーを受けて下さった。

2024.1月より初めの第一歩が始まった。まずは事務関係をちゃんと整えていこうから。
この時期、まだ理事だった精神不安定なきょうだいが昼過ぎにフラッと来て請求関係給与計算、思いつきのようにコロナワクチンの申請などをしていた。
その人の机には使いかけのティッシュやら
箸までもが転がっているという無法地帯状態。見るだけで気分が落ちる。
事務所の隣の応接室のソファに布団を持ち込んで、時々夜寝たりもしていて「施設の応接室」というより「〇〇さんの部屋」だった。

その当時、ここって施設というより亡くなった元理事長の家で仕事してるみたい。と友達には話していた。
利用者のため、地域のための施設。ではなく、〇〇家の大きな家感が…

そしてこの理事には日々振り回されていた。請求関係や支払い関係の仕事を滞らせるのにこちらに渡さない。

せっついてせっついてやっとやるという、仕事とは思えない家族感…

理事から外さないとここを正常化出来ないけど、亡くなった理事長の相続問題が絡んで動きがとれず、どうしたものかと悩んでいた。

髙口さんはいきなりそこにズバッと入ってきた。
まずはこの部屋を片付けよう。と。

思いつかなかったけど、言われてみればそうだ!ここ片付けて変わったことを目に見える形にする事は第一歩だ。

2日かけてアドバイザー2人、事務長と私の4人と通りかかった人にも手伝ってもらいながら、ゴミ屋敷ならぬゴミ部屋のゴミをバッサバッサと捨てた。

その時のビフォーアフターの写真を撮らなかった事を後々悔やむほどスッキリと片付いた。
そして、私達の心の重荷となっていたものも軽くなったように感じた。

本格的に体制を変えていく前段階の時点で目に見える変化をもたらしてくださったのが感動だった。

2025.7 広島オムツ外し学会④

デイサービスから老人保健施設で働く④

広島で私が一番伸び伸び悪口を言ってた施設に今自分が勤めている話しを仲間うちではしていた。
普通色々とお付き合いもあるし、ダメだなーなんて思う介護してる施設でも、そこで何とか良くしていこうと頑張ってる人たちもいるだろうから悪口は言わない。

でも今私が働いている施設は、亡くなった理事長が余りにもおかしい事を堂々と力技でやってきてたとこだったのと、何人かの介護業界の知り合いも何かしら関わって、理不尽に怒られる体験をしていて「あそこはおかしい!」と共感できる人多数だったので、憚ることなくのびのびと悪口が言える唯一の施設だった。

そんなとこで、仕事を終わらせた私が再び働き始め、何とかしようと悪戦苦闘していた。ただ何がどうおかしいとかこうしたらいいと思うなんて筋道立てた話は出来なくて、「すごく、大変」としか表現出来ない。
そして日々初めての事も多くよくわからないままに過ぎていく。
どうしたものか…

そんな中、施設立て直しのカリスマである髙口さんと私が接点を持っていたって…
どういう巡り合わせだろう。

髙口さんのセミナーや書籍はもちろん参加したり読んできた。
何しろ著名な方だし直接話すことはほとんど無かったのに、たまたまこの時期に接点があったなんて。

で、食事会をやる日にドタキャンが出て、実質施設の事務長をやっていた友達を誘ってみた。

6人で食事。何かの話で身体拘束の話しになり、友達に向かって髙口さんが「アンタんとこも手を縛ったりしてるんじゃないの?」と声をかけた。
皆の注目の中友達が「そうなんですよ、縛ってて(笑)。」と答える。

場が凍った…
笑って言っちゃってる💦いつも笑ってるのが超裏目。(何とかしたいけど現場からじゃあどうするのかと詰めよられ悩んでいた部分。でもそこまで話せないまま…)

案の定髙口さん激怒。
あんたみたいな立場の人間がヘラヘラ笑って「縛ってるんですよー」なんてバカかっ!
自分がやめさせるべきでしょうが!
ごもっとも…

初めて会った髙口さんから雷を落とされた友達が、その日にアドバイザーをお願いしたいと決意する。
新しい施設へと生まれ変わる、まずは第一歩を踏み出すスタートラインを見つけた。

2025.7 広島オムツ外し学会③

デイサービスから老人保健施設で働く③

再び働き始めたとはいえ、パートで週2〜3日。休みの日が多いのでのんびりな日々を過ごしていたあの頃。

何の用事もない日は、朝家族を送り出してからNHKの連ドラを観て、一時間くらい散歩に出掛けて買い物したり好きな釣りしたり。。。なぜあの日々を手放したのでしょうか私😅

まあとにかく、時間はあるのでゆっくり過ごしていて、のんびりfacebookを見てた時、広島の知り合いのお医者さんが髙口光子さんの出たテレビについての感想を記事にしていた。
その記事のコメントに髙口さん本人が毎月広島に来ています、とだけ書き込んでて、たまたまそれを見た私が「幹事やりますよ。」とお2人に声をかけ食事会をした。

楽しかった☺️地獄の入り口とも気づかずに😅
他にも広島の介護の仲間というか信頼している人たちを誘って良い時間を過ごした。

楽しかったので毎月髙口さんが広島に来られたら開催することに。

ところで、職場は相変わらず大変だった。
事務機能が出来てないというか、何もかもを亡くなった理事長と精神的に社会生活は難しい長子の2人がやってきてた事がわかった。長子ができるパソコン作業以外は全て理事長が仕切っていた。
次から次へ来る業者、リネンも薬も修繕関係も掃除も、はたまた利用者さんに出すおやつも利用者さんの保険関係からスタッフの給与も雇用も全て!!!
私がやってた小さな法人でさえ自分一人ではやりきれないので色々な人の手と知恵をお借りしてきた。
わからない事を調べるにも亡き理事長の頭にあったのであろうさまざま事を、他の人がわかるようなファイリングもされておらず困難というか混乱を深めた。

仕事に行くととりあえず目の前にある仕事に追われるだけでも手一杯。
その上、日々現場でおこるさまざまな問題に翻弄される。

施設って大変…😓

とてもじゃないけど私には手に負えるものではなかった。

そんな時の髙口会。
ある時、ちょうど来れないとドタキャンがあり、こういう食事会あるけど参加してみない?とついに友達に声をかけた。
23年の秋だった。

2025.7広島オムツ外し学会②

デイサービスから老人保健施設で働く②

電話から聞こえた友達の声は本当に困って混乱している人の話し方だった。
理事長が急逝していったい何に困っているのだろうか。。。

が第一の感想。
大きな施設(私がやってたデイサービスよりは大きいが、定員95名の普通の老健)なのでまさか理事長が全部を仕切ってたわけでもないだろうし。と思いながら、まあ話しを聞こうと、
とりあえずで手伝う事があればと行ってみた。

おおごと😅

その、まさかの話で、細かいとこまで理事長と、精神的に不安定な長子(友達のきょうだい)が仕切っていた事がわかる。

定期的にある県や市の保険者からの実地調査で多少軌道修正しながらの25年間だった様子。
とてもじゃないけど何からやってくかわからない。
ただ本当に運営の全てがのしかかってきて、困っている友達を助けたい一心で、週2〜3日のパートで働くことに。

あれこれ質問しながらの日々。

「これおかしいと思わなかったの?」と聞くと、「思って意見すると、怒ってペンやノートなどが飛んで来て危なくて、そのために机の上には盾になるよう書類を立てて並べてた。」そうだ…
漫画では見たことある。でも、私は実際に人に向けて文具を投げ付けてる現場を体験した事は無い。
危なすぎるしMADな世界だ。

あと、
始めは「何だこいつ」的に様子見てた友達のきょうだいさんが、私の仕事の邪魔をするようになる。

結構な至近距離で全力で怒鳴られた事もあった。
この人の面白い所が、それだけ嫌がらせしてもその後で私が複合機で封筒に印刷してたら、「!」とばかりにやって来て、どうやってやっているのか?と私の使ってたパソコンを覗き込んで教えてもらうという。

とにかくこの時期は事務雑用で手一杯。

そんな時にヒーローが定期的に広島に来ている事がわかる。

2025.7広島オムツ外し学会①

デイサービスから老人保健施設で働く①

広島市でワースト1かもと思ってた施設。
理事長が相当変わった人で、2006年デイサービス榎町開設当時にトラブった事から、ここダメじゃん、こんな話しの通じない人の施設なんて。と思いとにかく避けてきた施設。
介護業界の知り合いから漏れ聞く悪い噂。
いずれ潰れるものと思ってたところ、小学校で同級生だった友達の親が理事長だと判明したのが15年前頃。
同窓会で会った時に、その友達から「入所者が増えない悩み」を打ち明けられ意見を求められたので、代替わりしかないと思うよ、とどれだけ理事長の評判が悪いかを話した。

それを聞いた友達が全力で親に進言したらしいが全く相手にされず。

私も施設入所相談されたら、あそこはやめた方がいいと言ってきた。

2022年、私自身の病気がわかり、やりたい事を動けるうちにやろうと思いデイサービスをやめる事を決め、嘘でしょ!的タイミングで植さんという救世主が現れ、引き継いでもらった。

1年遊んでたところ、飲もうやと小学校時代の友達が誘ってくれ、4人で飲んだ。
その中にワースト1かもの施設の友達が来てて。
挨拶とか当たり障りない話しするくらいの仲だったので、初めて色々話した。思いのほか意気投合して、また会おうね!となり、数日後のこと。
くだんの理事長が急逝して困ってると友達づてに連絡が入る。

から始まった😊

ありがとうございました。

 終わりました。。。

あっという間、ではありませんでした。
沢山沢山の出来事があり、
沢山の人から沢山の事を学んだ16年間でした。

片付けていると沢山の思い出にやられそうになりました。

本当に
今まで関わってくださった方々、
想いを馳せてくださった方々、
全ての人に感謝申し上げます!

本当に

本当に

ありがとうございました





今日この2枚の看板変わりました


大切な仲間






みんなで踊ってくれました




そして、8月からは植さんの

デイサービスそうら

を宜しくお願いします!


介護百物語り~最後のえのまちで編~

 去る7月初め頃、えのまちデイが無くなるから最後にやろうよ、というわけで、告知せず百物語りやりました。

思えば、2019年広島、博多、花巻、徳島、次は長野ってところから新型コロナ流行で中止。

博多の後すぐに送迎中の事故があり、えのまちでは百物語りのブログアップどころではなくなった。でも来てくれた人たちに申し訳ないってことで、百物語りホームページを立ち上げてくれて、そちらでこてっちゃんがアップしてくれた。

 

博多の時はお祭り気分でワイワイやったけど、以降はずっとお祭り気分にはなれなかった。

花巻はやめようかと思ったけど、思い切って計画通りやってみた。実は旅の間中泣いてた。会うたびに、本当に優しい人達の集まりだと気づかされた。しっかり受け止めてくれる人たちばかりで、事故後、普段言わなかったこと、どうしたらいいのかわからず苦しんでいたことが溢れてしまった。。。花巻で参加してくれたモリオさん(春きゃんぷでダチョウの卵を割ってみんなを楽しませてくれた介護講師をメインでやってる岩手のモリオさん)を前面に出して紹介したかったんだけど、、、ホント申し訳ない・・

徳島は、生き活き家の金岡さんの周年記念セミナーと絡んでたので、金岡さんの集まりに来てた人達が参加してくれた。

一人一人の話の時間が驚くほど長かったが、皆、なぜ自分が介護の仕事をしているかの話をしたい事、介護職は、一人一人にこの仕事を続けたい意味があるんだということがよくわかった時間だった。

 

今回は、ずっと飲んで話してたから、わざわざロウソクも要らないかな、となりかけたけど、

それもどうかってことで、ちゃんと最後深夜1時頃、一巡だけやってみようかって、やってみた。

 

飲んで話してるだけでは出なかった話、ちゃんとみんなそれぞれ用意してくれてて。

とても良かった。本当に優しい人たちが日々頑張って人と関わって思う事、自分の不安など、とても深い沁みる話だった。

 

私は、話せなかった。

軽いノリでいないと持たないから。

ちょっとでも心許してしまうと泣いてしまう。

何回も泣きそうになって何回も我慢した。そんな中でちょろっとでも本音なんて口にしたら大ごとになりそうで。

 

でもそれでわかった。

私は本当は不安で泣きたいんだなあ。わかっとけって感じ。

でも、だからこれからもデイ閉めるまで、ずっと軽いノリでさらっといくと思う。

武井さん軽~って思ってもらって大歓迎^^

 

生活ってそんなもんだよね。爺婆もどんな深い認知症だって、ふとした時に泣いてると思うんだ。

 

今回の集まりでは、たくさん飲んでたくさん食べました。

そしてたくさんの優しさを感じました。

何よりの幸せでした。

 

次回は実は決めてます。

私がやる最後の介護百物語りは、徳島金岡さん(生き活き家)の近くでと決めました。

もし参加してみようかと思われる方は、そのうち告知しますので、どうぞお楽しみに^^

 

飲みつかれた後にやってみた百物語り

 

ここの生ビール、注ぎ方で全然味違ってたよ。びっくりだった。

重富酒店

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えのまち 生まれ変わります!

 2006年(平成18年)5月に生まれたデイサービス榎町、

この2022年(令和4年)7月をもって終了致します。

 

5月のセミナーも無事終わり、日々日常を過ごしておりましたが、その後、えのまち代表の武井に病気が見つかってしまいました。

変に誤解を招くといけないので病名は公表しますが、確定診断ではありません。まだ疑いで、他の病気の検査も受ける予定です。

ただ、じわじわと進行している自覚はあるので・・

大脳皮質基底核変性症という、介護保険の難病指定もされている脳の病気です。

 

で!

 

さあ、どうしようか、、、と悩んでいたところ、救世主がいたのです。

広島に!

物件探していた伝説の介護士が!

やっぱ、私運がいいわ~、こんなタイミングある?!

植さん^^

認知症の人のイライラが消える接し方 (介護ライブラリー) | 植 賀寿夫 |本 | 通販 | Amazon

介護界でベストセラー(たぶん。増版も決まったし。)の本書いた植さんに相談した所、

受け継いでくれることになりました。

 

そこから大忙しで引き継ぎやってきて、

この8月からは、

デイサービスそうら

という名で生まれ変わります!!!

利用者さん、スタッフはほぼ変わりません。

 

そう、察しの良い方々はお気づきかもしれませんが、

えのまちは、NPOそうら、が運営しておりました。

植さんの創立した会社は、フィレール株式会社、ですが、

デイサービスの屋号をどうしようか、となっていたところ、

「どうしてNPOそうらなの?」と聞かれ、

「そうらさんという沖縄出身のお爺さんがいて、沖縄から一人自転車に乗ってずっと北上してたんだけど、広島まで来たところで脳梗塞発症して倒れちゃって、救急搬送されて身寄りもないということで、保護されて、それからえのまちに縁ができてね、何年か通ってきてた。そのうちに、この人ほんまに神様かなっていうくらいいい人でね。でも部屋が始めきれいだったのにどんどん汚くなって。ある日、暑い日にエアコンの効いた部屋で、車椅子にのってお弁当食べてる途中で亡くなってて。でもさ、なんだか、そういう生き方っていいなってみんな思って、そんな自由さも優しさも丸ごと良くて、その人の名前をもらったんだよ。あーごめんうまく言えんわ。」

えのまちのかみさま | えのまちちゃんのブログ (ameblo.jp)

なんて話をしたら、

デイサービスの屋号決めたって、「デイサービスそうら」に決まった。

 

植さんの、継ぐからね、っていう優しさも感じるよね。

 

8月1日からのデイサービスそうらでは、私もパートで雇ってもらって在籍します。

 

もし、見学等考えておられる方は、ちょっと落ち着くだろう秋くらいからお願いします。

もしくは、見学ではなくボランティアなら大歓迎(と思う)。

 

乞う、ご期待!!!

はいこんちょ 現わる!

 はるか遠い関東平野の栃木県から、

とびきり優しい一家が来てくれました。


来るって聞いた時は、こっちが遠慮して「無理すなー」と言うほどでしたが、来たよ、この一家は。

聞けば聞くほど、この人たちの笑顔の向こうには、そんじょそこらの人には想像もつかないほどの大変さを背負って立ってる。

えへらえへらしてるように見せとるだけじゃけ。

騙されてる人が多いと思うけど。

あれは腕(実力)よ。(営業妨害笑)


うちのスタッフも“何かわからんけどあの人たち好き〜”になっておりました。

SNSなどで、あるいは直接話してたけど、今回は初めてゆっくり小林君となおちゃんと話してみたら、もっと好きになった。2人ともほんまいいヤツじゃった☺️

子どもらの伸び伸び育ったっぷりも。

改めて、伸び伸び育つってこういうことかぁ、とわかりました。


ほんまにほんま、ありがとうね!

心が暖かいもので満たされた3日間でした。






















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